空気の日記

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新型コロナウイルスの感染拡大により、街の様子がすっかり変わりました。
多くの人々が、せいぜい悪性のかぜみたいなものだと思っていたのはほんのひと月前で、社会の空気の変化に驚いています。
未曾有の事態なので様々な出来事は記録されていきますが、こういう時こそ、人々の感情の変化の様子をしっかり留めておくべきではないかと思いました。
「空気の日記」は、詩人による輪番制のweb日記です。その日の出来事とその時の感情を簡潔に記していく、いわば「空気の叙事詩」。
2020年4月1日より、1年間のプロジェクトとしてスタートします。

MEMBER

oblaat(オブラート)は、詩を本の外にひらいていく詩人の集まりです。

「空気の日記」執筆者
新井高子 石松佳 覚和歌子 柏木麻里 カニエ・ナハ 川口晴美 河野聡子 さとう三千魚 白井明大 鈴木一平 ジョ|ダン・A. Y.・スミス 田中庸介 田野倉康一 永方佑樹 藤倉めぐみ 文月悠光 松田朋春 三角みづ紀 峯澤典子 宮尾節子 山田亮太 四元康祐 渡辺玄英


空気の日記


5月26日(火)

男は空気を恐れている
酸素はいい 人工呼吸器の管の先から
直接肺に吸い込める酸素なら
大気もいい エベレストの山頂に
かかってる薄いのでも
だが空気はだめだ 疫病すら
包みこんでしまうこの国の真綿の空気は

男は空気を憎んでいる
空(くう)になら身を捧げたいと思っているのに
この国の空気は空っぽにはほど遠く
ぎっしり気分が詰まっている
ねっとり肌に纏いつく
全員で吸っては吐き出し吐いては吸いこみ
それでいて目だけは合わせない

腫瘍は69ミリに達しているそうだ
それでも本人は気づかないものなのかと男は驚く
時間の問題ですと医師が言う
閉ざされた空間が内側から炸裂する光景を
抗体のように肚に収めて

男は空気に包まれている
こんな時こそ人々は言葉を求めています……?
言葉とウィルスの見分けがつかない
最後まで営業し続けたパチンコ屋に二拝二拍手一拝
窓際に聳えるペーパータオルの白い円柱の
表面の凹凸が翳に沈むまで
彼の手は無闇に宙を掻いている

横浜・久保山
四元康祐


5月25日(月)

師匠が鰐となるからには 弟⼦もあとを追うしかなく
27才男⼦は⻘い⼩さな蜥蜴になった

弟⼦に準備ができたとき 師は現れる
(と チベット仏教ではいわれる)
控えめで機敏な気ばたらき
いるような いないような動作⾳
そつなく掃除買い物⽫洗いする四肢は
ときどき柱の途中に貼り付いて
じっと⼀点を⾒つめている
寄席の再開が⾒通せないまま
鍛えようもない技量と度胸 埋めようもない余⽩の真ん中を

せめて五⽉晴のアスファルトを
鰐の散歩について⾏く (あ、指が腹が乾いちゃう)
いちにちごとにまだまだ陽がのびるだろうから
真打座布団までは 気が遠くなるほどの
ソーシャル ディスタンス

弟⼦に準備ができたとき 師は現れる
ヒトに準備ができぬまま コロナせんせいは現われる
今夜 緊急事態宣⾔は全⾯解除
けれど何度でも現れる 顔と名前を変えて
明るみに出したい⾃分に ヒトが⽬をつぶる限り

今年は5⽉いっぱいが⺟の⽉だそうれす
⼩さい蜥蜴は
ピンクのカーネーションを⼀輪 差し出した
それではおやすみなさい と

東京・目黒
覚和歌子


5月24日(日)

自然がいいなんて少しも思っていなかったのに、草とりは世界を変えるよという母の言葉に習って恐ろしく生命力が強く、どんどん増殖してくキクイモを大量に抜いた。こうしないと畑の栄養を根こそぎもっていくからだ。
トマトとナスとオクラとサツマイモとゴーヤを母とともに植えた。彼女も私も連日1歳になったばかりの甥っ子の動画をよく見る。

次に会ったときは一緒に散歩ができるね
お正月に会ったときは立ったばかりだったのに

食べることが大好きな彼は
本を読んでも、おいしい
階段をのぼっても、おいしい
本当に食べるときは叫ぶように、おいしいを放つ。
遠い都市に住む彼の頬に触れる機会を2回見送ってまた新たな算段をつける、そんな未来に足をかけている。

世の中はハッシュタグでいっぱいで、春先からの刻一刻は、刻刻一刻刻という違うビートで刻まれている。おもちゃをとりあげられ、適切なスパーリングがようやくできて、足がもつれたりしているけれど、それでも青く立上がることに胸はすくし、サンドバッグにつまった濁りきった泥はもう下ろしてほしいと思う。

おうちもステイホームも
とっくのとうにいやになったから
今日のトレンドの「さよなら」で
さよなら払う裏腹な世さ
と回文を作る。

5月になってから我が家のドアの前に毎日カエルが来る。今日もその子に挨拶して、今日も立ち尽くしてしまう。そっと触れる皮膚は冷たくて骨の感触がよく分かる。無関係な小さい君が安らいでいることが喜びで、少し頭を傾けてほほえんでいるような姿をとどめようとする。

夏の皮膚を大事にしたくなって、マスクをしないという選択肢を持ってお肉をまとめ買いした。散歩もした。露わになれず出口を失ってニキビを持った肌に従う。芥川龍之介の『羅生門』に出てきた下人はニキビから手を放して少年を通過したけれど、私はニキビそのものを仕方なしとすることに倣えずに顔を覆わなかった。

大分・耶馬渓
藤倉めぐみ


5月23日(土)

街に少しずつ
⾳が戻ってきた


バス
喋り声
キャッチボールの乾いた⾳
庭の⽔遣り

けっして⼤きな⾳ではないが
今の⾝体には
繊細に聴こえてくる

街は
⼩さな⽣き物のように
ゆっくりと
⼿探りで
息遣いを取り戻そうとしているのか

昔 ⽷電話をすると
あなたの声が
震えながら
⽷を通して
紙コップを通して
伝わってきたことを
思い出した

福岡・博多
石松佳


5月22日(金)

名前と顔写真を公開し暴力の手口を克明に記した
一連の騒動が起ってから3ヶ月後
死に目に会えなかったし葬儀にも出席できなかった
手作りの雑貨やアクセサリーをオンラインで売って
キャパシティをオーバーしていたから引き留める人はいなかった

もとより欠陥だらけの制度だ
みんなさして年齢が変わらない10代の少年たち
眠りたいときに眠り起きたいときに起きる
カメラはズームし口元を映し出す
くちゃくちゃと過剰に音を立ててサンドイッチを頬張り
得られた金の使途を3つに分ける

1辺の長さが20cmほどの立方体のボックスを指定の段ボールに箱詰めしていく
午前と午後で1枚ずつ使用する
「ねえ、ちょっと近くない?」
「ほら、2メートル」
入場時の検温義務もなければ席と席を隔てるパーティションもない
黒い手袋をはめた手で赤い花柄の手に触れる

致死性を跳ね上げる凶悪な変異
鳥のくちばしのようなものがついた奇妙な黒い仮面
顔面を含めた全身が完全に黒く覆われる
取引の最中で素顔から感情を読み取られるのを避けるため?
さまざまな憶測が流れたが真の理由を明らかにしない
握りこぶしほどの大きさの真紅の球体と十字状に組み合わされた木片
その二つが一本の紐でつながっている
力を加えると球は空中を回転し木片の持ち手部分で絶妙な均衡を保って静止する

脅迫的な懇願を前に断るという選択肢はない
大人数をひとつの部屋に押し込め順繰りに歌を歌わせる
連携したブースの音声と映像はモニターから確認できる
マイクに向かって宣言すると四方の壁が点滅し画面は無数に分割される

大げさな身振りで頭を抱え肩を揺さぶって問い詰める
本名を隠すためにお互いを番号で呼んだ
「きっと奴の時計が狂っていて、1時間進んでいるんだ」
忠誠心が試されているのだ

鎧のように重厚で派手なドレスに身を包んだ女
カウンターに身を乗り出してとぼけるような表情を至近距離から見つめる
店内をぐるりと見渡し威喝するような目で睨みつける
異例の速度で商用化を承認されもっともはやく市場に出た
人間の利害とは無関係に自律して存在すべきもの
起動して最初に見た人物を親だと認識する
停止させることはできない破壊するしかない

2人に帰る場所などない
外で寝るのは心細い
衣服や身体に付着したウイルスを死滅させる
「多数の研究論文によって効果が証明されています」
「専門家会議でも認められています」

巨大な球体が天井から吊り下がっている。
球体は緑色にぼんやりと光っている
それ以外の明かりはない
球体を挟んで向かい合わせに座っている
堅すぎず柔らかすぎもしない適度な弾力性のある椅子
緑色の光に照らされたお互いの顔だけが見える
人差し指を左目の下に当てる
指を下に引っ張りベロを出す
球体はゆっくりと青に変わる
やがて白くなり輝度が高まる
あなたの顔がはっきりと見える

ここまでに2万円ほど課金した
これは猫を救うための行為でもあるのだ
ベンチの両端に座る
本気の殺意がないと起動しない
小声で耳打ちする
人々は新しい生活様式に則しているかどうかを互いに監視しあい
それに反した行動をとる者を法の埒外で私刑に処す
私たちは過大な労働と移動の負荷から解放された

1階の事務所から2階の自宅へと移動する
「俺たちはどうだ? まともな人間か」
3人が一斉に手を挙げた
帰宅するなりポストにあるものを見つける
「おい、たいへんだ! 届いたぞ」
それを右手と左手に1枚ずつ持って掲げる

4人の人間がテーブルを囲んで睨みあっている
暗号めいた言葉がときおりつぶやかれる
私たちが葬り去ったはずの制度や価値観
与えられた様式を遵守するのではなく思考によって自ら決定していくこと
4人は手元のブロックを熱心に幾度も並べ直す
決死の覚悟でひとつのブロックをテーブルの上に置く

東京・調布
山田亮太


5月21日(木)

深夜に
ことばが立ち上がる

論文の直しというのはとげぬきのようなものだと思う
(1) はーい賛成
(2) 反対

どちらですか

深く呪われている
北のみずうみの底に
燃えあがる陽炎のような何かがある

どうせ自分は大したことはない
自分はじつにスゴイもんだよ
この二律背反の気迷いの中から
薬草の根っこのような
熱い本質を引っこ抜く

まずは文法がめちゃくちゃ
図表の番号がめちゃめちゃ
話の筋がどこかに行って
図の縦横があわさっていない
あきらかに入れるべきことが欠けている

表面の雑草を刈るように文法を直していく
するといま見えてくる地肌の粗さ、それを遠くからトングでつかんでこね回す
ぴたっと当てはまるとかちっと音が出るよ、ご名答
最後まで行ったら鋸でまっぷたつ
ハサミでじょきじょきとプリントアウトを切ってセロテープとホチキスで貼り合わせる
そしてコピーをとって
写メをとって
メールで転送

返ってきたらすぐにプリントアウト
ハサミで切り刻む
のりでとめる
またスキャンして
メールで送ろう

沼のように深い絶望が
身体のゆがみとなってことばの水面を泡立たせる
ついまた見落とされる全体の構成
背骨のバランスがとても悪い
錯誤、混乱
そこまで自己批判しなくていいのに
ものすごくものすごく
悲劇的な考察

それを
ひとつずつ
ご供養する
ように

のしかかられた肩の重みが
すこしずつ
楽になる
ように

在宅勤務のために買った
白い
プリンタ用紙500枚、
こうして
誰かの
とげを抜こうとして
きょうは
全部
使い終わった

東京・西荻窪
田中庸介


5月20日(水)

すーまんぼーすー
沖縄でいう
梅雨


晴れ間は
もう夏日で

市役所の前で
ヘイトスピーチをする人がいるから
そんなことはやめろ


カウンターがあると聞いて
ひさしぶりに町に出かけた

カウンターに集まった
人がいて

慣れないまま
辺りに
立っていると

いつもなら
もう来てるはず
というヘイトスピーチの
人が現われない

まま
時間が過ぎて
おひらきになった

ぼうっと
する
家に帰って
まだ

外の日を
ひさしぶりに浴びた

まま
立っていたせい
肌が日に赤くなっている

人は
いる

のに
いない
人は

いない
のだろうか

実体が
ないものを
憎しみとして
抱え込むのは
空洞をこころに
抱え込むようなもの

誰かを差別したい
という気持ちの
今日の昼のやり場のなさに

そのまま
つゆと消えればいいのに
そしたら
まただんだんと

ひなたに立って
家に帰って
ぼうっとするくらいには

人になれるし
戻れる

うちに

*カウンター…人種差別などのヘイトスピーチに対抗する行動

沖縄・那覇
白井明大


5月19日(火)

ねむれない日々が定着し
ぼくはずっと怒っている
ぼくはずっと不安のなかにいる

旅にでられなくって
レーズンやキウイで
酵母をつくって
パンを焼いていて
これはわたしの身体です
これを受けて食べなさい

見送られたものは
いつまで見送られるのか
手をふって
笑顔で見送るのか

ぷつんと糸がきれた四肢が
宙ぶらりんになって落下する

そう、昨夜の話。スーパーマーケットからの
帰り道に、痩せこけたキタキツネに出会った
でも、野生のいきものに食物を渡せないので
いつか人類全員でみごろしにするのかなって。

わたしの身体を受けて食べてほしい
キビタキのさえずりで満たされていく
今日は月に一度の古紙回収だった

北海道・札幌
三角みづ紀


5月18日(月)

雨が

降る
前に

モコと散歩にいった

夕方
近所を歩いてきた

大風が近づいているのだという

帰ると

TVニュースで
検察庁法案 今国会見送りという

この国の首相が
誠実に国民に説明を尽くすと言っている

わたし
今日

チェット・ベイカーを聴いてた

Almost Blue を聴いてた

Almost
Almost

Almost
Blue

チェット・ベイカーが歌っている

ほとんど
ほとんど

ほとんど
ブルー

そう 歌っている

今日
仕事はなかった

Almost Blue を聴いてた

布マスクが届いていない

静岡・用宗
さとう三千魚


5月17日(日)

スーパーもガーデニングショップも
ほんとうに大勢のにぎわいで
大気は理想的にここちよく
何かの間違いではないかと思うくらい
すべては健康的だ

高一の娘に
夏服が届いた
まだ入学の制服も着ていないのに
長男は毎日のように
自転車で遠乗りに出かけていく
巣篭もりが平気な次男は
もうすぐ学校がはじまるといって
ため息をつく

家族は
猫ばかりなでている

ニューノーマルという言葉は
古くも新しくも感じる
名刺の束に
つよい違和感がある

東京・世田谷
松田朋春


5月16日(土)

「5月16日/しばたさん えびすリキッドルーム/・ハーヴィン・アンダーソン@ラットホール/・白髪一雄@ファーガスマカフリー/・河鐘賢(ハ・ジョンヒョン)@BLUM&POE/・塩見允枝子+植松琢磨@ユミコチバアソシエイツ/・松崎友哉、長沼基樹、大野陽生@ハギワラプロジェクツ」と書かれている、原文は手書き文字、去年の手帳である。表参道でラットホールギャラリーとファーガスマカフリーの展示みて、てくてく歩いて原宿へ、駅前のBLUM&POEに寄って、JRの竹下口から山手線に乗って新宿へ、新宿駅から都庁方面へ新宿中央公園を抜けて、てくてく歩いてって公園前のユミコチバアソシエイツで展示みて、塩見允枝子さんの作品集買って、そこから初台のほうへあと5分くらい歩いてハギワラプロジェクツへ。ハギワラさんとすこしお話しして、わたしのつぎの打ち合わせの時間がせまっててあわててとびだして、オペラシティを小走りでかけぬけてって初台駅で電車に乗った。

オペラシティを小走りでかけていく。2020年2月28日のこと。打ち合わせが14時から渋谷で、それまでに谷中と初台の展示を見たい。もうあとがない。スカイザバスハウスが開廊するのが12時、スカイザバスハウスから初台まで駅までの徒歩を含めて50分くらい。逆算していく。まず11時50分に根津駅に着くようにして(なので、11時20分くらいに家を出て)、根津駅ホームからスカイザバスハウスまで徒歩、というか小走りで10分、スカイザバスハウスに10分、スカイザバスハウスからオペラシティまで徒歩(小走り)と電車とあわせて50分、となると、初台での滞在時間がおよそ35分間、ICCの青柳菜摘さんの展示(数回目、見納め)15分、企画展(「開かれた可能性―ノンリニアな未来の想像と創造」)15分、初台駅ホームからICCへの移動に往復計5分。初台駅から渋谷の打ち合わせ場所まで20分。これで待ち合わせ5分前に着く。オペラシティアートギャラリーの白髪一雄展は、後日。おそらくまもなく臨時休館になるけど、まだあと会期残り3週間あるから、きっと再開されるはず、と考えつつ、オペラシティアートギャラリーのエントランスを横目に見つつ、駅へと急ぐ、予定の電車の発車時刻まであとおよそ1分半。

…と、だいたいいつもこんな感じで時間があるとき隙間を埋め尽くすように、分刻みで駆けまわっていたので、いまあらゆる展示が閉まっていて正直ほっとしている自分もいて、その癖して、結局そのまま再開されることなく会期が早期終了となってしまった白髪一雄展の図録をポチる、開会3日で閉まってしまったままの近美のピーター・ドイグ展の図録をポチる、まだ展示が始まらない現美のオラファー・エリアソン展の図録をポチる、…まではまだ良いとして、勢いあまって、過去に訪れた展示の、そのとき完売になっていたか、重たかったか、もち合わせがなかったかで買いそびれててずっと気になっていた図録たちまで、さかのぼってポチりはじめる。2010年Bunkamuraザ・ミュージアムのタマラ・ド・レンピッカをポチる、2011年ブリヂストン美のアンフォルメルをポチる、2012年新美のセザンヌをポチる、2013年都美のターナーをポチる、2014年西洋美のホドラーをポチる、…などなど。

いまフアン・グリスの、何点かの図版のページを机の横にて開かれている(手もとにある図録だと、・ノルトライン=ヴェストファーレン展に1点 ・デトロイト美展に1点 ・フィリップス・コレクション展に1点 ・コルビュジエのピュリスム展に8点 ・アーティゾンの開館記念展に1点)、かれはキュビスムにおいてピカソ、ブラックに続く「3人目の画家」と呼ばれていた、とのこと、3人目でもじゅうぶんに名誉なことであるが、しかし「3人目」ということばの廻りに漂うそこはかとない哀愁があり、また比較的若くして亡くなってしまった(1927年5月11日に、40歳で)こともあり、それはさておき作品において、ピカソのブラックのキュビスム絵画のおおむねくすんだ沈んだ色彩にたいして、フアン・グリスのキュビスム絵画は明朗なあざやかな色彩で、また木目のテクスチャの描き方など繊細に具象で、分断されたレタリングやら壜やら楽器やらはどこか愛らしく、全体としての抽象とそれら具象のディテールとのバランスが絶妙に素晴らしく、先ずぱっと見に目に心地よく、かつよく見るとキュビスムらしい実験も試みられていつつ、目を彷徨させられつつ悦ばせられつつ、ピカソのブラックの「やったるで」感が希薄であるぶん、ある種の余裕や優雅さが感じられる、「3人目」ならではの強みが魅力があるとおもう。しかし、

   いつまでつづくのフアン・グリス
   心労でふえてしまうよ白髪一雄
   されどパンデミックはタマラ・ド・レンピッカ
   ひととの距離をジョージア・オキーフ
   まちにはだれもオラファー・エリアソン

夜、恵比寿リキッドルームで柴田聡子inFIREのライブをみる。たくさんのひと、すごい熱気。昼間、表参道へ行く前に銀座線銀座駅でいったん降りて、駅前の和菓子屋あけぼの(芹沢銈介がパッケージをデザインしている)で買った、トートのなかの「銀座メロン」(今回のツアーアルバムの中の一曲「東京メロンウィーク」にちなんで)がつぶれないか心配。こみあった電車のなかでも心配していた、ずっと心配している。この日のライブはあとでライブアルバムになって、あれはスパイラルでクリスマスのころに柴田さんがトーク&ライブをした(いま、手帳で確認すると2019年12月6日20時~)、そのすこしまえにリリースされたのだった(いま、Spotifyで確認すると2019年10月23日)。

「じぶんがそこに居たライブのライブ盤を聴いてると、映画『魔女の宅急便』のいちばんおしまいのあたりで、キキにデッキブラシを貸したおじさんみたいなきもちになります。」
「やめてよバーサ。までも目に浮かびます。」

カラーテレビの中の白黒テレビで大群衆が大歓声を上げている。……

   いつまでつづくのこのキキは
   やめてよバーサ
   あのデッキブラシはワシがかしたんだぞ
   かしましいニュースがウルスラ
   やめてよバーサ
   いつまでつづくのこのジジは
   かしましいニュースがトンボ
   あのデッキブラシはワシがかしたんだぞ
   やめてよバーサ

「 落ち込むこともあるけれど
  私、この町が好きです 」

こもってるあいだに今年のたんぽぽが綿毛になって飛んでってしまった。

いつも行くばら苑のばらが刈られてしまった。

ふじの花が落っこちてしまった。

てっせんが枯れてしまった。

あじさいが色づきはじめてしまった。

くちなしが薫りはじめてしまった。

*ジブリ映画『魔女の宅急便』より引用・参照箇所あり

東京・深川
カニエ・ナハ


5月15日(金)

どうして欧米でそれは疎んじられたのか。
カタカナ語がないからさ。
オペラ座の怪人の仮面も
どろぼうの覆面も
ぜんぶ maskだもの、
かけたくなかったんだよねぇ、マスクだって。

どうしてこの島でおかみのそれはつまずくのか。
じつは仮面だからさ。
おまつりのお面も
にんじゃの覆面も
じぶんの キモチだもの、
かけたくないよねぇ、アベノマスクなんて。

お能に
癋見(べしみ)という面があるんだって。
口を固くむすんで何も言わない仮面だって。
折口信夫によると
それは、しじまの面、
かみに従わない沈黙の精霊の顔。

  ねぇ、
 ねぇ、
god(神)も、ruler(支配者)も
ひとしく「(お)かみ」と呼んじゃったニッポンの土俗感覚、
えらい と思わない?
何も言わせない覆面なんか
もらいたくないさ、
おかみさまに

じぶんでマスクする、
       わたしたちは
手作りで、闇市で、ネットオークションで
  宅急便のおじさんも、
 なわとびしてるよっちゃんも、
陣痛がはじまったおかあさんも、
マスクをしている
せかいじゅうの
おどろく数が、

演じてる、
仮面をつけて
その精霊を、

へのへのもへじ、
胸のうちは。

神奈川・横浜
新井高子


5月14日(木)

昼も夜も
お互いに距離を保ったまま
ネットでつながった部屋が
無数の星のように浮かぶ
街の片隅で

二か月前までは
近くの学校の蔦の壁に沿って
緑の小道を抜け
ピアノの教室に向かっていた子は
今日も どこにも出かけずにパソコンをひらき
オンラインのレッスンを受けはじめる

先生のなめらかな指の動きから
ときどき すこし遅れて 音が届く
その響きは
水中で聞く 浜辺のかすかな歓声のようで
歩いて十分ほどの教室が
どこか遠い外国に思えてくる

今日いちにちのあいだに
パソコンのマイクが拾わなかった ちいさな声と
メールの文字にならなかった ことばは
誰にも どこにも 届かないまま
どんな夜の水底へと沈んでゆくのだろう

ピアノのレッスンのあと 半袖の子は
窓からの風がもう冷たくないことに気づく
とくにいまは 夕方を過ぎると
外の通りから 人の気配が消えるから
ふたりでベランダに 折りたたみのテーブルと椅子を出した

空の薄いみずのいろが 菫のいろに染まりはじめたとき
あ、いちばんぼし、と はしゃいだ声があがり
テーブルのうえの蝋燭が揺れた

たしかな音にも
ことばにもまだならない
ほんのちいさな炎の あたたかい息が
それぞれに切り離された
夜の水底から水底へと渡るように
誰にも聞こえないまま
すこしだけ遠くへ 流れていった

東京・杉並
峯澤典子


5月13日(水)

午前のニュースから聞こえてきた
銀座というのが崖の名前に思えてくる

そこへ行けないことはわかっている
でも、なんで行けないんだっけ

一番可能性が濃いのはそれがもう失くなってしまったから
通り過ぎた信号の色みたいに、そう点滅する
それとも銀座とは
アトランティスとかパンゲアとか
宝の在り処を×で記した
だれにも解読されない
端のめくれた茶色い地図にしかない場所なんだったっけ

ううん、それはあるんだけど
今日もにぎわって、明るく平らな
ガラスのように澄んだ几帳面な四角い灰色の敷石を
靴がいそがしく渡ってゆくのだけど
こことは時空が違うのです
だからわたしは行けないんです

ほんとはもうないんでしょ
もう世界は全部崖の名前になってしまって
パラレル宇宙の任意の時代と場所の
博物館のガラスケースに収まってしまったんでしょ
今年はやけに葉が茂ってお化け楓みたいになった
楓のそよぐ
ここしか
もうほんとうは世界ってないんでしょ

千葉・市川
柏木麻里


5月12日(火)

平穏
万年床に寝そべり
セスナ機のエンジン音を遠くに聞いて
幽囚の光の中
言葉の一切は断たれ
行く先のすべては
打ち捨てられている

新緑はしずかに萌え
カタカナの海で
音もなく声もなく
おぼれてゆく
ものたちの
平穏

おだやかなひのひかり

東京・小平
田野倉康一


5月11日(月)

渋谷区の防災放送が聞こえる
連休中ずっと午前と午後に1回ずつ聞いていたから
幻聴かもしれない
教科書を読んでいる女の子みたいな声で
トウキョウトの緊急じたいセンゲンという音が
空の耳にぼんやり滲んで広がって
英語でも繰り返し
ぷりーずステイホーム
頭の中に聞こえるけれど
エッセンシャルな買い物だよと言い訳して
外へ出ればちゃっかりスーパーを越え先へと歩く
通り抜けた商店街のあちこち
雑貨屋の軒先やシャッターを閉めた店の脇で
お祭りの屋台に並べるみたいにマスクが売られている
最初に見かけたとき50枚3500円だった箱が
2300円になった
ドラッグストアやスーパーじゃないところにいるのを
野良マスクと頭の中で勝手に呼んでいる
ツイッターで誰かがそう呼んだのを見たのだったかも
ことばは感染する
野良は増える
布マスク2枚はこないだ届いた
配布はまだほんのわずからしいから幻かもしれない
使う気にも捨てる気にもなれなくて
とりあえずテーブルに置いたまま
今日は晴れ
3月末から頻繁に低空をゆくようになった飛行機が
また頭上近くの青空を横切って
落ちてきそうに
きれい
交差点のビルの壁面には
外出の自粛をうったえる都知事の女性の巨大な映像
ディストピアSFのなかにいるみたいだなっておもう
それならきっとわたしは次のシーンで
爆撃かゾンビに襲われるかして倒れ
あっけなく死んでいくモブキャラだ
でもこれは現実なので
とりあえずまだ生きている
タイトルは知らない
帰宅するとテーブルの端に
白々と2枚の布マスクが
余白のような光を集めている

東京・神宮前
川口晴美


5月10日(日)

「そんなことするんだ」
ことばにすれば、そんな感じです。

奥さんが看護師さんの、会社員の男性が
上司に言われたそうです。
「きみが会社を休むか、奥さんが辞めるか」

自粛警察なるものが町に出現したそうです。
他県ナンバーの車には疵がつけられました。
自粛しない(本当は規定を守って自粛営業
していた)店には石が投げ込まれました。

全国に非常事態宣言が出てから
(そんなものでるんだ)
人間に異常事態現象が起きています。
(そんなことするんだ)

「隣り組がいちばんこわい」
戦時中のひとの言葉です。
「痴漢より正義感がこわい」
今日のわたしの言葉です。

もうひとつ。

#検察庁法改正案に抗議します、という
ハッシュタグのツイートが火の付いたように
ひろがって、瞬く間にトレンド入りしました。
(反対します、でなく、抗議します、がたぶん吉)

そのあとに又怪奇現象です。200万ツイート数
あたりから
眼の前で見る見るツイート数が減り始めたのです。

大急ぎで、月が欠けるみたいに。
「そんなことするんだ」

「だれもしろとは、いってない」
(いつも、これだが)

月が欠けても、(あのね)
お天道様が見ているよ。

埼玉・飯能
宮尾節子


5月9日(土)

昼食を買いに外へ出ると、向かいのアパートの駐車場で、女の人が電話をしながらしずかに泣いていた。会話もなく、ときどき鼻をすすって、向こうの言葉を噛みしめるようにちいさくうなずいている。見ないふりをして通りすぎながら、あれは人が死んだときの泣き方だと、わけもなく納得していた自分におどろく。当時は祖母の一周忌と重なって、そういう目でものを見るようになっていたのかもしれない。ちょうど去年の今ぐらいの時期で、年号が変わる前のことだった。
午前中は洗濯と爪切り。先日は排水溝が詰まり、水の問題に悩まされたものの、今回は滞りなく終わる。足の爪からにおいが消えていた。やり残した仕事を進めた結果、資料の体裁が崩れはじめたので、部屋の掃除に移行する。すこし前になくしていたスマートウォッチが見つかり、身体のデジタル化に取り組む。体温(36.3)と合わせて脈拍(72)や血圧(126-66)、呼吸数(19)を計測し、同期に報告。体温から今日の感染者数(東京都、36人)を引くと0.3になるね、といわれる。全部足すと289.3-229.3(253.3-193.3)になる。
瓦礫が取り除かれて、まっしろな更地の上に基礎が組み上がり、いくつもの細い棒に支えられながら、あたらしい家のかたちが浮かび上がってくる。実家から、裏山に生えていたもみの木の画像が届いた。建て替えのついでに切り倒す話になったという。裏山の木のなかでもいちばん背が高く、おそらく家が建つ前からそこにいて、枝から枝へ、たくさんの鳥が鳴きながら飛び移っていた。もみの木は元気そうに見えて、内側が空洞になりやすく、すこしの衝撃でも倒れる可能性がある。暗闇のなかで広がっていく、空っぽの幹の内側について考えた。小さい頃に閉じ込められた蔵のなかを思い浮かべる。耳をすませると、居間のテレビから楽しそうな声がときどき聞こえた。
クレーン車を使うのにちょうどいい場所がなかったので、根本から一気に切ることにした。まわりに酒と塩をまいて、業者の人がチェーンソーの電源を入れると、刃が踊るように回りはじめる。しばらくして、あたりの杉の枝がバラバラと音を立てて散らばり、空が明るくなった。草の上に開かれた木の断面には、幹のかたちを鏡のように写した年輪が、ぎっしりと詰め込まれていた。

東京都・高田馬場
鈴木一平


5月8日(金)

日焼け止めとマスクで過ごした2週間の後に
今朝、ひさびさに化粧をした。
これが正解なのか、わからないまま
わずかな粉と液体で毛穴を埋めて
投げやりに口角を上げる。
頬と共に持ち上がるベージュピンクが
ぽってりと重い。
(今までよく、こんなことをして暮らしていたな)
素朴なつぶやきが口をついて出る。

肌をうっすら窒息させ、
微笑みながら社会へ潜っていく。
お化粧は、不要不急ですか。
しようがしまいが、わたしの勝手でしょうか。
けれど、うっかり溺れてしまうことのないように
「必要」と「急務」をしずかに飲み込んできた。
今まで、こんなことをして暮らしてきた。

立て続けに3件のSkypeやZOOM打ち合わせ。
2件目の後、珈琲を淹れていると、
カーテンの仕切り越しに
よそいきの声ひさびさに聞いた、という指摘。
「よそいき」をしまっていたのだ。
化粧ポーチにクローゼット、声帯の奥から
わたしの「よそいき」を取り出して埃を払う。
リップクリームもすっかり欠けはじめていて
ご無沙汰だった「よそいき」の自分に戸惑っている。

カーテンの仕切りの奥から まだ
「よそいき」の声は響きつづけている。
窓のない台所で わたしは
アジの開きと目玉焼きを二つ焼いて
黄身が崩れなかった方にラップをかけた。

わたしたち、オンライン会議まみれの(非)日常で
「よそいき」を脱げない誰かのために
ふわりとラップをかけてあげる。

東京
文月悠光


5月7日(木)

高校一年生のときに読んだカール・セーガンの本のおかげで、プトレマイオスのイメージはずいぶんひどいものになってしまった。プトレマイオスは占星術の親玉であり、彼の悪影響によって地動説という科学的推論が広まるさまたげとなり、人はいまだに星占いを信じている、そんなことをカール・セーガンが書いていたかどうかはまったくさだかでないけれども、その後二十年以上、私はプトレマイオスという人についてこれ以上の事柄を知らなかったし、ヤフーのデイリー占いでさそり座が十二位だとがっかりする人生をおくっている。
一年前に思うところあって地図に関する歴史を調べた。驚いたことに、最初にプトレマイオスに再会したのである。ここに登場するプトレマイオスは二十年以上にわたり私が抱いていた非科学的な印象とは真逆の人であり、地図製作に科学的方法を導入した人物として、しかし実際のところ実像はほとんどわかっていない人物として紹介されていた。実像がほとんどわかっていないにもかかわらず千年単位で影響できるというのはいったいどういうからくりなのか。
ともあれこれは、星占いをチェックする時はヤフー占いだけでなく、めざましテレビや京王線八幡山駅からみえる電光掲示板も比較検討すべし、という事実をあらためて思い出させる出来事だった。朝の京王線に乗るときは各駅停車をえらび、かつ車両を注意ぶかく選択しなければならない。すると八幡山駅で特急通過を待つあいだ、窓のすぐ外の電光掲示板でデイリー占いを確認できるのだ。しかし私は三年以上朝の電車に乗っていないから、この知識もプトレマイオス同様まちがっている可能性は高い。知識はアップデートするべきものだ。正体のわからないウイルスのようなものはなおさらで、幸いCovid-19は頻繁にこのことを思い出させてくれる。ウイルスの変異を時間経過で示したうつくしいグラフとGIFアニメ、赤いドットの散った感染者マップを眺めながら、今年の三月に買った地政学地図が今後数年で書き換えられるのを予想する。

東京・つつじヶ丘
河野聡子


5月6日(水)

今日という日が終らない
明日はどうすれば始まるのか
手を洗っても洗っても拭えない汚れがあり  
蛇口から流れつづける今日という一日が
ずっと水飴状に透明な均質さで引き延ばされていく
夜の息苦しさの底でわたしはかすかに発光している

洗っても洗っても夢は汚されていった
溺れるように今日の渦に耐えていたが誰の夢なのかは分かりはしない
今日もいくつかのドラマで何人かの人が殺された
何人かの犯人がいて何人かのわたしが目撃した
何人かのわたしが今日も何人かのわたしを殺めると
それは輪郭を失ってまた最初から始まるのだった

肺呼吸がすたれていってタバコから煙がのぼらなくなった
陸に這いあがって進化の過程に入っていたがまだ夜だった
絶滅した男たちの細かな癖に気づいていたのはわたしだけかもしれない
右の人差し指で顎のあたりを掻く何気なく
この仕草をわたしは今日何度となく繰り返していた
その手は汚れている洗わなくては

夜明の時刻になっても
それから30分過ぎても
ついに夜は明けなかった

福岡市薬院
渡辺玄英


5月5日(火)

ひと月におさまらない忍従
それでも私たちは
弛緩した生をやめない
労りは営みに敗北し続ける
かぞえられた死は
数でしかなく
意識させられる空虚を
ひとびとは批評でばかりうずめて
自身のためにしか泣けない
わたしたちの上を
季節が古(ふ)り去ってゆく
そうして繰りかえし
たどりかえす悔いを
予見しながら模してゆく
あなたが
言葉などをしる前に
算数などをおぼえる前に
樹がくれのしたに
微笑とともに隠した
ちいさな手のひらに
あの日たしかに受け取った
ひどく単純で変わらない
千年まえの祈りが
まあたらしい節句に呼ばれ
きょう
子らにひとしく
おとずれる

神奈川県片瀬海岸・江の島
永方佑樹


5月4日(月)

Zoomのどこでも窓を通して
家内修羅場、
ドメスティックサーカス、
無人島へズームイン
デジタル背景で
 場所の意味を消そうとする駒たちと
   会議のチェスボードで
I’m unraveling
––fine—
I’m Time/
traveling

去年の季語は
 夏の肌
ムダ毛
キレイ
ワキ汗対策

今年の季語は
  ない。空っぽな広告の枠

俳句、零時、h i c r a z y

 ラン乱イラン欄違乱いらん、蘭
  選船千線専戦せんといて
   チョー長朝町長蝶々よ、超
    孝行高校や航行煌煌
     1湾1ワンワン1腕,、no one won、no王

耳と耳を
ずっとつけ続けているヘッドフォンから
解放させないと
次第に大きくなってきた音は
サイレンなのか、ほぼ静かになった一日の残影なのか、
区別できない。

上記の断片に希望の小雨をぱらつく
医療と薬学が脱線してゆく糸に辿り、
何と
水星では「一日」は
地球の58.6日だそう…

東京・神楽坂
ジョーダン・A. Y.・スミス


5月3日(日)

他のみんなが日記をつけてくれるので
僕は安心して
日々の網目をすり抜けてゆく極微の切れ端にかまっていられる

母の眼の縁ぎりぎりに
ステロイドの軟膏を擦りこむ指の腹の感触や
腹部エコー検査報告書に印刷された
父の胆管の艶やかに濡れたモノクロームの光沢なんかに

交番の入口の「本日の交通事故」によれば
昨日県下で死亡したのは一名
こんな時に交通事故で死ぬなんて間が抜けていると思うけど
それを言うならすべての死は底が抜けていて
死を数えあげる生こそ愚の骨頂

見えないジャイアント・パンダに引かれて
横断歩道を渡ってゆけば
王様ペンギンを二羽連ねたあの子が目だけ光らせて立っている
社会的距離とやらに隔てられると
なんだかいつもよりも色っぽく見えてくるのが不思議

みんなが生き延びることに必死でいてくれるので
僕は安心して
日々の連なりからはみ出てしまう巨大なものを眺めていられる

隣の婆さんがついにホームへ引っ越す朝がやってきて
軽トラックが坂の下へと沈んでいった
その後にぽかーんと残された
空の青さなんかを

横浜にて
四元康祐


5月2日(土)

玄関先の切り火がいらなくなってひと月
夫はすっかり鰐である
好物のKindleを前足で支え 
ふとんの奥に日がないちにち充実している

胴のかたちを巣穴に残して
鰐は時どきいなくなる
今朝は上がり框に かしいで わだかまっていた
振り向いてイッテキマスを
言いたいのだね

平たい尻尾を かかとでずずずと送り出す
緑の多い日陰を選んで歩くんだよ
子どもが近寄ってきたら敷石にまぎれてね
クール便です 宅配のお兄さんが引戸の前で後ずさる

熊本産の早生西瓜は陶然と甘く
先割れスプーンをひるがえすうちに
「トレインスポッティング」93分が終わっていた
西瓜の残りを切り分けたら
友だちを廻って配ってこようか
時分どきが来る前に

引戸を開けると
隣家の生垣の終わるあたりに
平たい尻尾がまだあった

東京・目黒
覚和歌子


5月1日(金)

元気ですかと尋ねて
元気ですと聞いても
重みを持ってしまうのは私の視線で
人の声は砂のように溜まるのに
人の視線は岩のように積まれていくことを知った

私が変わったことなんか
毎日飲むコーヒーが
もっといい豆に変わって
コーヒーの味なんか分からないのに
多分美味しくなったんだろうなぐらいのことで

それでも緑を
迫りくる緑を
のみこもうとするだけ
はじいてしまうようで

思うままにすることの
何を思いたいのか分からないまま負荷をかけ
背中を骨に張り付けて
太ももの水を抜いていく

4月から様子見をしていた蚊も
いよいよもって血を吸うようになった

症状として下痢発熱。
喉の違和感がたまに。
37度を越えると発汗。
味覚と嗅覚は今のとこ平気。
あなたも気を付けて。

便りから6日目
上下する熱を過ぎても
君は部屋から出られないまま
新しく届いた椅子を組めないでいる

大分・耶馬渓
藤倉めぐみ

2020年
4月