10月30日(金)

父が死んでから
毎朝線香をあげるようになった
いとこの映子ちゃんが送ってくれた美麗香
特選白檀を、東急ハンズで買ってきたミニ香台に立てる

立ち昇る煙は、ロブスターの
殻だけが垂直に立って身を揺らしているように見える
背中は透明で両端が青白く光っている
それがそのまま二本の触角みたいに伸びていって

漂うクラゲになったり
幾重もの花弁を重ねるバラになったり
かと思えば三次元画像処理された
誰かのデスマスクみたいなものが浮かび上がったりするが

じきに言葉は尽きてしまう
あとはただもううっとりと放心しながら
渦に呑まれてゆくだけ、文字通り
ケムに巻かれて

息を潜めていると
それは馴れ馴れしく近づいてきて
ワームホールめいた通路の奥を覗きこませてくれる
冥途のうねうね坂もこんな感じなのかしらん

無数の小さな点の集積が
線を描き面を成して
裏と表、内と外を絶え間なく反転させる
そこから全てが始まったのだ

ネジを回す右手の親指
歓びにうち震える鰐のように
派手な飛沫をあげて寝返りうつ日本列島
爆風の止んだあとの

真空のベイルートをノーネクタイのワイシャツ姿で
昂然と歩いてゆくのは、あれは
ゴーンじゃないか
その膝関節のなかの歯車

煙の終わりは消えるというより
瞬間接着剤の糸くずみたいに解けてゆく
何も見えなくなっても
まだここにいる

横浜・久保山霊堂前
四元康祐