5月31日(日)

ウィルスに怯えていた人々が
家のドアを飛び出し、声を上げ始めた。
画面越しに燃えさかる炎に
Twitter社のアイコンが青色から黒に変わる。
見えないウィルスの脅威が
「人間」を炙り出した。

地球に蒼いヘルメットを被せてあげたい。

札幌の友人にようやく2枚の布マスクが届く。
「ひとまず汚れ破れなしでよかった」と
確かめる様がせつなくて、タイムラインを撫でた。

わたしたちの口を覆うために
白いヘルメットが配られる。
マスクは風のように軽く、
私たちが閉ざす口は重い。
マスクを装着するたび、その落差に戸惑う。
両耳に紐をかけて、
白い不安を吊り下げていた。

飲食店を営む東京の友人は
「来てね、とは敢えて声をかけない」
「人の恐れは唯一無二だから」と口にする。
LINE画面で「口にする」文字は
離れていても近しい。
言葉に身体がついてくる。

降りそそぐソーシャルディスタンス。
思いやりの距離だとか、不要不急だとか
宣言だとか、解除だとか、気の緩みだとか
そんなものより唯一無二の
尊い声がここに響いている。

木立のなか、膝をかかえれば
むせるような土の匂いと
濃くなっていく初夏の緑。
息継ぎをせよ。
ばんそうこうを剥がすように
生き延びるため。
汗に濡れたマスクを剥がして
ひととき 深呼吸する。

東京
文月悠光