2月20日(土)

たぬきの耳はまるい
すこしうつむきかげん に肩をおとして
ホトホトと歩いていく
尻尾はふさふさと たらし気味に
きみはさびしいのか?

そんなに短い足で 夜明の縫い目の草叢から
こんな住宅地に 迷い込んできたのか
明六つの空がぼんやりした雲に覆われている
ここには たぬきしかいない
たぬきは背を向けて ぼくの過去の方角に
見えない足跡をのこして消えていった

だれも知らないことで
ぼくだけが知っている ことがある
そしてだれにも記憶されず 消えていく

あのたぬきは いまどこにいるのだろう
ここにいる人は 空の下に まだ佇んでいる
そしてやがていなくなるけれど(たとえば昨日まで生きていたのに
それまで たぬきとすれ違った夜明をわすれない はず
この思いもまた だれにも知られはしない けど

誰も知らない足跡が 目を合わせることなく
今朝の地上に上書きされていく ことをぼくは思う
むろんだれにも記憶されないで
いずれそれも消えて その上に次の朝がくる

福岡・薬院
渡辺玄英