10月18日(日)

新しい本を日本語と英語で出版した
それは国内だけではなく、海外にも届けたい人がいるからだった
けれどもいま、航空郵便では書籍を含めた小包を送ることができない
飛行機の便が減っているからだ
船便ではアメリカまで4か月かかる
本を英訳して下さった、本を一緒に作った翻訳家ご本人にさえ、やっと数冊をDHLで届けおおせるために、何人もが知恵を絞り、とても時間がかかった

ベネズエラの詩人に一冊を送りたいと思って日本郵便のホームページを確かめる
すると船便小包はおろか、封書一通さえ送れないことがわかった
これは新型感染症のためではないらしいが、よくわからない
詩のやりとりをする中で、彼女が書いてくれた「hope」という言葉は
私が何年間も待ち望んできた言葉だと思う
その4文字をじっと見る
それは私によろこびを運んでくれて、心を柔らかくしてくれて、あたたかくしてくれた
でもhopeの後ろにあるスペイン語を、私は知らない
hopeと書く彼女の後ろにある街の様子を、私は知らない
hopeと書いてくれる人にこそ届けたい本を、いつになったら、どうやったら送れるのかもわからない
彼女の指に、この本のあたたかい紙肌を触れさせることができない
できない
もどかしい

できるはずだと思っていた

英語でこの本を読んで欲しいと数年越しに願ってきた人はいま、地球の反対側の島に暮らしている
彼がいるという青い空と青い海と暖かい風を想像しようとするが
それはどんな気持ちがするのか、到底わからない
この4月から6月の間に貰った、ほんの数通の便りの中に彼が二度も書いた「crazy」な状況という言葉
そのcrazyを私は理解していたのだろうか
彼はその言葉を書いた時、どんな顔をしていたのか

こだま、ひかり、のぞみ
速いものを並べた新幹線の名前に、いま
ことば、とつけ加えたいくらいに、AI翻訳は速い
一文字そこに置かれただけならば、文字とさえわからないかもしれない言語の長文を
一秒もたたないうちに伝えてくれる
でも、一冊の本という物体を送ることが、こんなにもできない
その物体でなければ、どうしても届けられないものがある
最後のページにある詩を、ページをめくって、いま彼女に見つけて欲しい
それはいまの彼女のためにある
この本の重みが、自分が私に与えた恵みなのだと、彼に知って欲しい
それができない

hope、crazy
何十年も知ってきたこれらの単語を前に
それをどんなに見つめても
わからない
あなたのhopeはどれほどに危険に包まれていて
あなたのcrazyはどれほどに苦しかったのか
わかることができない
ぶつかる、躓く、行き止まる

千葉・市川
柏木麻里