8月8日(土)

夕方の窓辺で
古い白いカーテンが翻る
昨日からもう秋なんだってね
おかしいよね先週やっと梅雨が明けたばかりなのに
窓を閉めて
冷房をつけて
灯りはつけずに小さなテーブルへ
蒸した野菜と鶏肉をあいだに向かい合う
いっしょに暮らすひとは最近これにはまっていて
家にいるときは拵えてくれる
いただきます
静かに熟れ崩れていく果物のように暗くやさしい光が
ゆるしてくれるからくちがひらく
おいしいねこのタレなに
いいでしょうオリーブオイルと醤油麹
そうしていると
おそろしいことなど何も起こっていないみたいに
錯覚しそうになるけれどわたしたちは今も
ねんのためにできるだけ距離をとろうとしてとてもいい姿勢で
食べている
リモート会議があるからと
先に席を立ったひとのからっぽになった椅子を眺めながら
くたくたになった野菜をポン酢に浸す
ごめん
ここにはないテーブルのことを考えてしまうよ
女友達たちと適当な食べ物を大きなテーブルにたくさん並べて
だらだら食べて尽きることなくおしゃべりをしてお酒も呑んで
笑いながらチーズを切って甘いお菓子は半分ずつで眠くなって
うとうとするあいだも誰かが話す声が漣のように聞こえていた
夢のようだったあのときの
あんな場所に集れることがまたいつかあるだろうか
これが終わるときはくるのだろうか
日が沈んでゆく
無力感ばかりが汗ばんで
かき消されるように何もかもが軽くなっていくのに体は重い
昨夜は
オンラインのための仕事量と期日を確認しているうちに
こんなことわたしにはとてもできないもう続けられないとおもえて
涙がとまらなくなった
ごちそうさま
そうだねまだ手は動くから灯りをつける
食器を洗って
ベランダに干していた洗濯物をたたむと
まだ少しだけ光のにおいがする

東京・神宮前
川口晴美