1月25日(月)

濃厚接触はどこからが濃厚な接触なんだろう
クラスターはなぜ6人じゃなくて7人からを言うんだろう
極細の長い綿棒を舌の上にあてながら考えた
もしも陽性だったら何が変わるんだろう

わたしの後ろに並んだ鰐は
必要以上に口を大きく開けて検査員をまごつかせている
それでもぎょっとされたりしないのは
三人あとに行儀よく並ぶ小柄な鰐を見てもわかるように
鰐化する向きがここへきてもうそれほど珍しくないからだろう

空いたテーブルをてきぱきと消毒している検査員は
「検査結果は今日時点だけのことです」とおしえてくれた つまり
潜伏期間に関しては諸説あって正しい知見はない つまり
明日陰性の結果が出ても明日はもうあてにならないということ 
検査の意味あんのかな

でもまあね 
陽性を今わかっておくだけでも
余分な迷惑をかけないですむという場面は増えるだろうから 

検査場に来る途中
水の流れの両脇に薄い氷を張る川の
小さな橋を鰐と渡った

わたしと濃厚にかかわるひとたちは 感染しちゃった親しいひとも 
それぞれ厄介ごとの圧倒的な闇を抱えながら 
同じだけ大きくて強い光を育てている
そのことはいつでもわたしの誇りで
それを眩しすぎると感じない自分にも本当は胸を張りたい

身体は弱いしHSPだしそのせいでむかし鬱にもなったし母は認知症だし
それなりの不安も執着もわたしにはあるけれど
ただひとつ 
死ぬことの恐怖だけは手放せている
きっと死んだからといって終わるものはなくて
いのちというエネルギーは途切れないだけの意味を宿している
その意味を考えることは面白いから面白い方をわたしは選ぶ
死んでも死なないその先が本当にもう楽しみでしかないせいで
日々はそれまでの手強くて甲斐のあるダンスフィールドだと思ってる なんてことは 
誰にも言えずに
細長い綿棒で舌をそっと押さえつけている

検査場からの帰り道
小さな橋のたもとの薄氷は溶けてしまって
流れの音が浅すぎる春をうたっていた
いつでも本当のわたしは向こう岸にいると思う
そこから自分とこの世を見ているわたしは ひとのかたちをしていない
守らなければならない 責任を持たなければならないものがあるあなたは
いくつ心があっても足りないだろう

ややこしいのは鰐が陰性でわたしだけが陽性だった場合だな
二人とも陽性だったら家から出かけないでいればいいだけのことだけど
もし入院できなかったら鰐を感染させないために生活空間をどう分けようか
いくつか高座がある鰐を八ヶ岳に行かせることは現実的ではなくて
かと言ってわたしは移動できないわけだから
しばしの間 家の中でマスクをして黙食して黙動するんだな 筆談とかも
おしゃべりなのはわたしの方で 鰐はそれほど不具合がなさそうだけど
いつでも少し緊張し続けているのはかわいそうだな

というほとんど同じことを鰐も考えていたと
二人ともに(今日限定の)陰性結果が出たあと知って
わたしたちはマスクの中で吹き出した

「誰もがそれぞれの葡萄の樹の下に 無花果の樹の下に座り
何にも恐れたりしていないところを思い描きなさい」
アマンダ・ゴーマンが引用した聖句をわたしは別の解釈で引用したい
それぞれの数だけ それぞれの選択の数だけ宇宙があって
わたしたちは自らのそれを豊かにも荒ませることもできる
心を尽くした具体的な想像は 現実を動かせる物理的な力であると知りなさい

                          

※HSPは近年提唱されるHighly Sensitive Person (反応過敏傾向)の略。1/20米国詩人アマンダ・ゴーマンがバイデン米国大統領就任式で自作詩を朗読。

東京・目黒
覚 和歌子