4月18日(土)

薄い空から耐えきれずあふれこぼれる
予感のように咲き急いだ桜の花が
あたりをあかるませ
それからあわてて覆い隠そうとするように雪が
降り積もった3週間前の週末
あのとき
4月はまだきていなかったのに
もう4月のことはあきらめなくてはならないだろうと
できるだけやわらかな鉛筆を用意した
それからずっと
二重線を引く日々
お気に入りの手帳に書き込んであった項目を
ひとつひとつ二重線で
消していく
予定仕事約束あいたい
キャンセル延期中止はなれて
幻の
半透明の膜にくるまれて
もっとやさしくもっともっと隔てられるため
開いて閉じるたびにあきらめの二重線は擦れて日を跨ぎ
やわらかく膨らんでゆく
濡れた雛鳥の羽根それとも破滅の蕾
そうですよね仕方ないですよねまたあらためて
生き延びて会いましょう
そうして生きて
いる
けれど
わたしの予定だったはずのものはあっけなくなくなって
わたしはどんどん薄く軽くなって
いったいどこにいるのか
黒く毛羽立つ二重線に連れ去られ
消えた4月の
どこにもいないのかもしれないわたしが
手を洗って洗って洗って
マスクをつける
今日は雨
離れるためのきりとり線のように
おびただしい二重線が降り注いでいました
それでも雨音は届いて
ここにいる耳を縁取っていくから
雨のあがった夜
穂崎円さんと平田有さんがツイキャスで
何年も前のわたしの詩を朗読してくれたのを聴きました
おぼえのあることばが別の声で飛び立って
わたしのなかへ戻ってくる
迎える
ちょっとだけ泣いて
友だちと飲むつもりで3月に買い置いたスパークリングワインを
ひとりきりであけました
はかない光の泡が
知らないことばの粒のように蕾のように浮かびあがり
混じりあってわたしのなかへ
降り注いでいきます

4月18日

東京・神宮前
川口晴美