3月14日(日)

分岐した朝から 消えていく星を見送る朝
静謐な 蒔絵の先の世の 文箱をあける
源氏車に桜散る絵柄に 人は描かれておらず
失われた人は
文箱に眠る星の表情を 思い出せずにいる

 また異なる世の同時刻に
 分岐した朝から 消えていく星を見送る朝
 あなたは
 源氏車に桜散る蒔絵に 描かれていないあなた自身が 
 いつどこで 分岐したのかを 思い出せずにいる
 わたしらはともに 青史の天に流されていくばかり

おとずれなかった朝に セキレイが鳴く
地図から失われた その町を歩くと
凛凛と冷たい 鈴の音をきくだろう
(あれはセシウムの降る音(トリチウムの降る音
どこに落ち延びようとしているのか
静かに眠る星の地表で あなたの柩は千年前の光みたいだ

(昨夜見た流れる光点は 人工衛星だったかもしれない
あるいは 散る桜 あるいは 書き終えぬ手紙の
その光はいつの どの時代の光かもわからないが
(あの日の喪失の光景は 空に転写されたままだった
そこにはあなたが いる

 朝 十年ぶりに あなたが古い文庫本の頁を開いたとき
 あの星の ウイルスは容易に変異していた
 本を開くたびに 物語は違う結末を迎えるということだろうか

福岡・薬院
渡辺玄英