2月9日(火)


女は

“寝てなさいよ!”と言って

出かけて
いった

モコを抱いて
白い車の後ろを見ていた

青い空の下に
西の山がいた

それから
浜風文庫に

” The door opened of itself. ” *

という詩を
書いた

今日は
松田朋春さんの詩の公開日だったことに気づいて

松田さんにメッセージを送った

広瀬 勉さんのブロック塀の写真 “塀 402:190910″と
工藤冬里さんの詩 “Sphygmomanometer”を

浜風文庫に載せた

昼前
保健所の女性から電話があって

体温と
血中酸素濃度を伝えた

微熱があり
右耳で高音が二重に響いていると

伝えた

空気の日記の最初の頃
谷川さんの”からっぽ”という詩を新聞で読んで

“詩は
からっぽの
平らな皿にのせた
空気か”

と書いた

いま
詩は

生のまんなかにある空気だと

言いたい

夕方
松田さんから”猫”という詩が届いた

猫も

空気のまんなかにいる

    

*twitterの「楽しい例文」さんから引用しました

静岡・用宗
さとう三千魚



2月8日(月)

今日こそ円盤に乗る派の公演に行けるとおもって千秋楽、チケット予約しようとおもったら昨日、前日の24時迄だったのだった。
あきらめて、昨日スパイラルでやってた「無言に耳をすますパフォーマンスフェスティバル『ZIPPED』」リアルタイムで見られなかったのでストリーミングでみる。
冒頭アナウンスで「できれば部屋を暗くして見てください」とあるが朝なので暗くすることができない。
百瀬文さんのは去年葛西の展示で見たやつだ。それの新バージョンとのこと。あれももう一年くらい前だ。まだコロナがあれじゃなかった。
石川佳奈さんのは石川さんが能をおもわせる無表情のお面かぶってどこからともなく聞こえてくる言い差しの声たちに反応するともなく反応している。
彼女から声が発せられることはなくどこからともなく聞こえてくる言い差しの顔のない女らや顔のない男らのいくつもの声たちを聴いている彼女が私であるような心持にもあるいは言い差している顔のない声の主(のひとり)が私であるような心持にも次第になってくる。
村社祐太郎さんの無言劇ではひとりの女性がもくもくとテーブルのようなものを組み立てている。
無言であるためにそれを観ている私のあたまのなかの声ばかりがあたまのなかで聴こえてくる。
テーブル面にあたるところが透明なアクリル板のようである。
テーブルとおもいこんでいたがパーテーションだったのかもしれない。
いずれにせよ、組み立てられたそばから解体されてしまう。水平にされることなく垂直のまま。
それでたいそう宙ぶらりんなきもちになる。
そうしている間にあたまのなかで声にならない、なにかが組み立てられ解体されたのだった。
あれらはいったいなんだったのだろう。
よくわからなかったのだけど、いずれもいまの空気の一断面を鮮明に舞台化しているように感じた。
ナマで見たかった気もするが、モニター越しであることもまたいまの空気の一断面であり、モニターというのがそもそも空気の一断面であるのかもしれない。
依頼された帯文の執筆のためゲラを3周目にメモしながら読む。
ちょうどひと月前、デヴィッド・ボウイの誕生日(1月8日、その二日後(1月10日)には5周忌をひかえていた)からボウイのスタジオアルバムを1枚目から順にすべて聴きなおす、ここに合わせて最近出た「ロッキング・オン」と亡くなったころ出た2016年の「Pen」と「ユリイカ」のボウイ特集等をかたわらに置いて、というのが2周目のベルリンまで来て、今日は山本寛斎さんの誕生日で、亡くなって初めての誕生日で、「ユリイカ」で寛斎さんがボウイについて語っている声を聴く。おなじくボウイを手がけられたスタイリストの高橋靖子さんとの対談。
寛斎さんと高橋さんのボウイをめぐる対談の中で、鋤田さんによるボウイの写真をめぐっての、高橋さんのこんな発言がある(「ユリイカ」2016年4月号)。
「鋤田さんのお写真で仮縫いしている風景が残っていたりしますけど、本当は三人で写っているのにさ、大抵の場合、端のほうにいたわたしが切られているのよ(笑)。わたし用の写真にしか写っていない(笑)。」
その見開きに載っている写真には、ちゃんと三人で写っている。
これを書いているいま、ふと、先日スパイラルで鋤田さんによるボウイの写真展を見たことを思い出して、いつだったかネットで調べてみたら、2014年12月4日~12月9日とあった、つい先日のこととおもったが、まだ生きていたころであった。
そのウェブページに添えられた「ヒーローズ」のジャケットの写真の手のかたちを真似してみる。
すると、いつか国立近代美術館で高村光太郎の手の彫刻のかたちを真似してみたときのことをおもいだした。
その手に、手のかたちにいざなわれるように、わたしはこんどは庭園美術館にいて、有元利夫の絵画を見ている。
その手を凝視している。
「有元利夫の絵の手がすきなの。」と言った。
言ったのではなかった、そうファックスに書いて送って寄こしたのだった。
「手って、絵のなかで、もっとも描くのがむずかしいの。」
「有元の手、すごく好き。」
彼女は耳が聞こえないので手話をつかっている。絵を描いている。
ふだん手話をつかう、そして絵を描くひとが、手を描くのはむずかしいといい、有元の絵の手が好きだという。
有元の絵の人たちの、身体にくらべてずいぶんと小さい手が、ぼやけている。
それは手が能面をつけている、とでもいうようにみえる。
それを書きつけたファックスの文字もまた、ぼやけてしまった。
葛原妙子の全歌集が欲しいのだが手に入らない。近くの図書館にあったのでさっき借りてきた。
おりしも、何か趣味が欲しいとおもっていたところだったので、全歌集掲載の妙子歌を全て写経することを目下の趣味とすることにする。
予約しておいた「新潮」3月号を丸善に受け取りにいく。「創る人52人の「2020コロナ禍」日記リレー」。永久保存大特集とある。ほかのひとたちがどんな日記を書いているのか参考にしようとおもう。
「永久」という言葉にいざなわれて、人類が滅びたあとに、どこか暗所にて、二度と頁をめくられることのない「新潮」2021年3月号の姿を想像する。
ひとの日記を読んでいると、書かれていることよりも書かれていないことによりひかれてしまう。
また、日記を書いていると、わたしが日記を、ではなくて、日記がわたしを書いているようなきもちになってくる。
帰りに日本橋髙島屋の画廊で重野克明さんの銅版画の展示を見る。椅子に座っている女の人の手から鳥が飛びたっていく。つかまえていた鳥を放っているように見える。
その絵は昔、重野さんが高校生だかのころはじめて書いた画をもとにしているという。
他の絵でも、いくつかおなじモチーフが時を経てリフレインされたりしている。
見入っていると重野さんと思しき方に声をかけられるが、ひとに話しかけられることにすっかりなまってしまって、とっさにうまく反応ができず、申し訳ないきもちになる。
そういえば、前回この空気の日記を書いてから今回までの間にスパイラルの向田邦子展を二回訪れたのだが、今日の話ではないので記さない。
しかしそんなことをいったらさきほど記した有元の手の話もボウイの鋤田さんの話も今日の話ではないので削除しなければいけないのかもしれない。
禍のせいかあたまのなかで起こることの比重が大きくなっている。
現在のなかに占める過去が。
「今日」というのがいったいどこからどこまでなのか、わからなくなっている。

東京・冬木
カニエ・ナハ



2月7日(日)

おもいだせない、はんとしまえが
いえ、さんかげつ
へたをすると、みっかまえも
ざるであった、
あたまは

いろんなひと、こえ、もじ、ふうけいが
はいってくる
まいにち、すべりこんでくる
それぞれ、ふしぎな「かげ」になって、

なにがのこるのか
わたしといういれものだけあったって、
「あみ」がなければ、
とおりすぎるだけなのですよ

みえるもの、「かげ」は
がめんごしでも、ビニールごしでも、
やってくる
おしよせてくる
コロナのなかだって、
だが、

「あみ」は、
においやはだざわり、
てのあくりょく、むねのだんりょく、
ねっき、ためいき、
そんな「いぶき」が
すくって
のこす、
チカラだったのではないか

   きゅうきょくてきには、
  だえきの「しぶき」かもしれませんよ
 ひとの「いぶき」は

シュッーと、
ふきつける
こすりあわせる
どこか、きずつくようなきがしていました
こころが、きずつくようなきがしていました

たったひとつを
しょうどくしようとして、
あたまとこころの
あなたを、
けして

いたのだっけ?
わたしだって

神奈川・横浜
新井高子



2月6日(土)

週末の夜だけれど
家の前の通りを歩くひとがいない
車の音もしない
外の世界が存在しないかのように

きょうの午後は
窓をひらいて
本や手紙の整理をしていた

なんど整理しても
数十年間捨てられないものは
自分の内側にあるのか
外側にあるのか もうわからない

幼いころ
山道を歩いたとき
けものや けものめいたものたちが
招く場所へは入ってはいけないよ、と言われた
それはわたしたちの外の世界だから

でも
けものや けものめいたものたちから見たら
わたしこそが 恐ろしい外の世界だっただろう

もう一年ものあいだ
ずっと内にこもって
仕事をし 食事をし 生きている
けれど
外を歩く人から眺めれば わたしは
少し距離をとらなくてはならない
外の世界の人でしかない

きょう
ひらいた窓から
昨日よりもあたたかい風が入ってきた
この風はどこまでゆくのだろう

わたしの内と外を溶かす
明るい風は
玄関を通りぬけ
けものや けものめいたものたちの山へと
流れてゆけばいい

もう数十年ものあいだ
わたしの内側でひそかに眠っていた彼らに
あたらしい春を告げるように

東京・杉並
峯澤典子



2月5日(金)

夕陽が、ほおずき飴のように
つやつやと、蕩々とオレンジ色に輝いて
向こうがわへ沈んでゆく
真ん丸なその姿は
それ自体の照りによって輪郭が定かではない
今日の夕陽の
それが意志

なのだとしたら
わたしたちは
そのオレンジ色の飴のような意志を
どう受けとればよいのだろう

大人になってから時折
今日が
春へ向かってゆくのか
冬へ向かっているのか
わからなくなることがある

世界はいずれにしても
太陽のフレアのようにして
いやたぶん
まさしく太陽フレアの一部として
その意味において正確に
咲いてゆく

たいせつな人が、ひとり、またひとり増えた
そう思う今日

千葉・市川
柏木麻里



2月4日(木)

光の中の光
闇の中の闇
光と闇が等質の
影の無い時間が透けて見える
たまに座れるようにもなった通勤電車の中で
たわわに実っている不信と
目と目があえば
素早く逸らす

PCR検査を故意に抑制し
感染者数や重症者数や死者数を操作していると
信じている人たちがいる
信じたい人たちがいる
保健所の主査も
統計も担当した経験からしても
そんなことはどうやったらできるのかわからない

保健所業務への応援派遣が決まった
定年後の再任用職員までがかりだされる事態に驚く
そこまで逼迫している保健所の職員が
不信の眼にさらされているのがあまりにもつらい

派遣はもう少し先だけど
古巣へ戻ったら光も闇も
しっかりと見届けてくる

東京・小平
田野倉康一



2月3日(水)

煉獄さんに会いたい
名前は杏寿郎
声がくっきり大きくてウソやごまかしがなくて強くてやさしくてよく食べる
漫画『鬼滅の刃』に登場する〈柱〉の1人だ
主人公は竈門炭治郎だけど
映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車篇』の後半の主役はほぼ煉獄さんで
去年10月の公開から1ヶ月後ようやく映画館で観たとき
原作は読んでいるからどうなるかわかっているのに
マスクの内側で泣きそうになりながら
煉獄さん……! と炭治郎といっしょに祈るように呼びかけていた
現実にはそんなふうに
心の底から何かに抗うように祈ることはめったにない
流されていくばかり
3週間ほど前
大阪で独居中の母が蜂窩織炎という皮膚感染症を再発させた
ケアマネさんからの連絡を受けて弟と相談し
年末から見つからなくなっていた母の保険証を
近所に住んでいる叔母に電話で頼み込んで再発行しに行ってもらい
以前かかった皮膚科へ連れて行ってもらったけれど
母は自分では薬を塗ることも飲むことも忘れてしまうので
体内の炎症反応を示す数値がかなり高くなり
仕方なくわたしが大阪日帰りを強行して
入院させた
点滴治療は2週間から1ヶ月
コロナ対策で面会できないけどそれも仕方ない

思っていたのに
1週間ほどで連絡がきて
病院内でコロナのクラスターが発生したから
母のPCR検査は陰性で症状も安定しているので明日退院してください

仕方なく今度は弟が大阪行きを強行
完治はしていない母を連れ帰り
ケアマネさんやヘルパーさんと今後のことを相談してきてくれた
母は自分が入院していたこともすぐに曖昧になって
いろんな文句を言い続けている
今週末からはわたしがしばらく大阪へ行く
流されていく
溺れてしまわないように息をするだけでせいいっぱい
煉獄さんに会いたい
鬼との戦いのなかで致命傷を負いながら煉獄さんは
俺は俺の責務を全うする!! ここにいる者は誰も死なせない!! と言った
勝負に勝つことよりも敵を倒すことよりも
煉獄さんにはそのことが大事だった
揺るがなかった
わたしはそこにはいなかったけどうれしかったよ
だってわたしのいる国の中心で政治家たちはそんなこと言わない
たぶん全然そんなふうには考えてない
治療も施されず自宅療養のまま亡くなっていく人のいる街で
緊急事態宣言が延長されて閉店するお店の増える街で
病気になったら謝らなければならないような街で
だからせめて非実在の
燃えるような髪の
たった20歳くらいの
煉獄さんの面影を反芻している
一昨日の発表によれば
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車篇』の興行収入は368億円を突破した

東京・神宮前
川口晴美



2月2日(火)

コロナの時代
という詩を書いた。

*最初はこう書いた。

コロナの時代

敵に打ち勝つ戦いは
ある意味簡単だ
武器を持って
隣人を倒せばいいから

過去に打ち勝つ戦いは
そう簡単ではないが
武器は要らない
隣人を許せばいいから

コロナに打ち勝つ戦いは
結構やっかいだ
戦いをやめて
一つになれるかと問うから

戦いに戦いをやめて
愛にかわれるかと
人類の
知恵が試されているから

*次はこう変えた。

コロナの時代

敵に打ち勝つ戦いは
ある意味簡単だ
武器を持って
隣人を倒せばいいから

過去に打ち勝つ戦いは
そう簡単ではないが
武器は要らない
隣人を許せばいいから

コロナに打ち勝つ戦いは
一番やっかいだ
戦いをやめて
一つになれるかと問うから

戦いに打ち勝つ戦いだから
戦いをやめて
愛にかわれるかと
人類が試されている戦いだから

*最後にこうなった。

コロナの時代

敵に打ち勝つ戦いは
ある意味簡単だ
武器を持って
隣人を倒せばいいから

過去に打ち勝つ戦いは
そう簡単ではないが
武器は要らない
隣人を許せばいいから

コロナに打ち勝つ戦いが
一番やっかいだ
戦いをやめて
一つになれるかと問う

戦いに打ち勝つ戦いだから
戦いをやめて
人類が一つになれるかと
愛が試されている戦いだから

***

思ったことが、詩になったかな
と思って、ツイッターにアップしたら

「人類が一つになるのは、こわいですね」
とコメントが入った。

ツレは「戦い」が多すぎるね
と言った。

私は
ハリウッド映画の見過ぎかな
と――。

***

多様性が
いつの間にか
分断を生み

一つにの願いは

全体主義に
向かうのだろうか。

なら
いったい
愛はどこに
棲めばいいのだろう。

クリスマス休戦が
あったように

コロナ休戦が
あれば

と願ったが
甘かったか。

ミャンマーでは
国軍によるクーデターが起きて
スーチーさんが拘束される

分断や戦いを超えるのは
どんな言葉だろうね

ミスター、ローレンス。

今日は節分。
南南東を向いて
恵方巻きにかぶりついたら

菅さんがテレビで
ぺこりと頭を下げて
「素直に」国民におわびして

ミスター、

栃木を除く10都道府県の
緊急事態宣言を3月7日まで
延長すると告げた。

埼玉・飯能
宮尾節子



2月1日(月)

先月の実績資料の作成。原稿の締め切りが立て込んでいるため、片手間で案を考える。そのせいで午前中の仕事があまり進まず、気が沈んでくる。海苔巻き。Kさんから連絡が来る。――鈴木さんの探していた本を見つけた、今日でよければ渡しに行ける、とのこと。夜に中野駅で待ち合わせをする。午後になって部屋に宗教の勧誘が来る。20分ほど対応したあと、チラシを渡してきたので断る。代わりに名刺を求めると、これが名刺代わりだといって、チラシをもう一度渡そうとしてきた。
――いやちょっともらえないです。
――じゃあここで読み上げますから聞いてください。
――寒いですよ……。
――ドアを閉めてください! いわれたとおりに閉めると、ドア越しに声が聞こえてきた。内容はうまく聞き取れなかったが、チラシに書かれた文章を読み上げて、その解説? をしているようだった。入浴。忌引きで休んだ会社の先輩のことを考えているうちに、祖母の死が母にとっては親の死であることを、3年たって唐突に気がつく。髪を乾かしてドライヤーの電源を落とすと、声が聞こえなくなっていた。
21時過ぎに中野駅へ。改札を出て右手にKさんがいた。本の入った紙袋を手渡される
――おつかれ~。なんか来てもらってわるいね。
――助かりました! こんなタイミングじゃなければごちそうしたいんですけど。
――やってないからね。
コンビニで缶ビールを買って、今書いている原稿の話をする。Kさんが、――そしたら他にもっといい本あるかも、というので、Kさんの家に行く。中野ブロードウェイを過ぎて左に曲がり、住宅街の方へ。
――あ~そういえばさ、このあいだ前に住んでたやつが家に来たんだよ。
――え!
――ふつうに怖かったよね。Kさんよりすこし年上(35くらい)の男で、五年前に会社をやめて地元へ戻ったという。東京へ行く用事ができたから寄ってみると、入り口の脇に好きな小説家の本がまとめて置いてあったので、おもわず鳴らしてしまったらしい。
――申し訳なかったな、捨てるやつだったから。
――来たついでに寄るって発想がヤバいですね。
――実家が本屋やってるらしいんだけど、今度あなたの本を注文します! っていわれた。
部屋に入ると、玄関に解かれたビニール紐と、その上に本が積まれてあった。Kさんが本棚から何冊か取り出して、紙袋の中に入れてもらう。手洗いを促されたものの、水を張ったままの食器の上で手を洗うのは気が引けた。ケチャップ系の料理をつくって食べた形跡がある。Kさんの部屋に住んでいた頃、男もここで手を洗っていたのだとおもう。
Kさんと原稿を書きながら酒を飲んで、0時過ぎに帰る。家まで歩いて帰ろうとして、新宿にたどり着いてしまう。Kさんの家を出てから、2時間かかって家に着く。途中でコンビニを見つけるたびに酒を買って飲んでいたせいで、横になったとたんに吐き気がした。

東京・高田馬場
鈴木一平



1月31日(日)

へんに早朝に起きてしまうか、いつまでも寝てしまうかのどちらかになっている。今日は起きられない日だった。からだを使った規則正しい仕事がしたい。冬が遠ざかりつつあって草木が小さく芽吹いている。家内が家の不要物をがさがさとまとめている。ちょっとした模様替えのために家内とikeaに行くことにして、珍しく娘もついてきて、買い物の後に50円のソフトクリームをマスクをめくりながら三人で食べた。店内は不安を感じるほどの混雑でこれで緊急事態なのかと思う。しかし日毎の感染者数は順調に減少している。予定通り2月7日で解除になるのではないかという淡い期待も湧いてくる。政治家が銀座で夜遊びしていることがバレて謝罪している。謝り方が気に入らない。放置されるならすべての議員は同罪だと思う。
何を考えるにもあと一年は続く、それまではもっとひどくなる、自分も家族も感染する、その想定で予定を考えるということを自分に念押しして、これまでマスクはあくまで今だけだという気持ちもあり使い捨てを使ってきたが、もうメガネが曇らないような洗って使うしっかりしたものにしようかと考えている。
なんでも慣れるものだと感心してしまう。戦時中の暮らしはフィクションのようにしか感じられなかったが、そうか慣れるんだなと思うようになった。
気がつくと抱えている案件が溢れはじめていて、すべてが止まった半年前とは違ってきている。適切な間で発言して誘導すべき会議がどれもリモートなのがすごく苦痛で、リモートでなければこんな結論ではないのにと思うケースが増えて無力感がある。
長男がuber eats で配達をはじめた。分散する配達員を破綻なくオペレーションするシステムが完全にゲーム感覚で感心する。ほぼはじめてのバイトに出かけていく息子の様子をていると10代の頃の気持ちが一瞬蘇ってくる。そこから40年後の疫病の年を眺め直すと驚くことができる。

東京・世田谷
松田朋春