4月25日(土)

昼前

マスクをして

女と
スーパーに行った

野菜と肉と白子と若布とお煎餅と
お稲荷さんと

買った

ホワイトホースも買った

スーパーに
マスクをした人たちはいた

花屋で

白い花の紫陽花の鉢植えを買った

お稲荷さんと
紫陽花は

義母の仏前に供えた

もう母の日か

午後から
英会話のレッスンをして

夕方
犬のモコを連れて散歩した

風が強かった

外は
まだ明るかった

近所の橋本さんの奥さんと立ち話をした
今日も風が強いわね

言われた

わが家に布マスクはまだ届いていない
西の山に日は落ちた

山が

濃く青い

静岡・用宗
さとう三千魚



4月24日(金)

陽が差し込んでいる
酷く、陽が差し込んでいる
書斎の
しずかなしずかなレンゴクで
世界は一度、漂白される

もし
詩人であることが事故だというのなら
今ほど詩人があふれた時はない
すでに
あらゆる人とのあいだに
はてしない距離を
抱える者を詩人と呼ぶのであれば

杉並区都市整備部狭あい道路整備課狭あい道路係ヒラ
田野倉康一は本日、勤務日である
二分の一出勤で昨日は自宅待機
今はシートを張ったカウンターの横で
測量屋さんや不動産屋さんと
図面を囲んで濃厚接触
「こんなときに役所まで来いと言うのか」
となじられながら
でも人の財産にかかわることですから、と
今日も濃厚接触はつづくよ

杉並の街にこんなに猫が多かったとは
やっと出られた現場調査で
人よりもたくさんの猫と話す

詩人であり詩人でないものは、僕は
きはくになっていく空気のなかで
一向に減らない厖大な距離を
ただ、もてあましても
いる

東京・小平
田野倉康一



4月23日(木)

夜中の3時ごろ起き出して散歩にでる、マンションのエレベーターが1階でひらくとふいに、懐かしいにおいがかすかに鼻先をかすめて、えっと、これは、あの、しろい、あの花のにおいのほそい糸を、たぐるように誰もいないまちを、2、3分あるいていくと、ビルとビルとにはさまれた、ほそながい、ちいさな公園の入り口の、黄色い「円」の字型のバーのかたわらの足もとの右がわのところ、闇のなか街灯に照らされて、白く浮かび上がっている、ジャスミンの花が、

セブンイレブンのにおいのしないセブンイレブンで、外国人の店員さんに、紙パックの牛乳1本買うのにバックヤードからわざわざ出てきてもらうの申しわけないな、ごめんなさい、とおもいながら、透明のアクリル板とマスクとで二重に隔てられていて、アクリル板が灯りを反射して顔がてらてらと光っていてよく見えない、いつもよりもより隔てられてしまった気がする、どこの国から来て、どうしてこのまちで深夜にコンビニで働いてますか、ひるまはなにしてますか、きいてみたい、きっかけがない、てか日本語とっても上手ですね、おつりがないようにぴったりわたす、ありがとうございます、ごめんなさい、

おめでとうございます、今日お誕生日だった森山直太朗さんの5、6年前の曲に「コンビニの趙さん」があり、昔から愛聴している。2、3年前スパイラルで詩の朗読というかパフォーマンスのイベントを、(直太朗さんの協同制作者で、詩人の)御徒町凧さんがされたときに、打ち上げにもぐりこんで、どのアルバムもだけどとりわけ「レア・トラックス」というアルバムが、その歌詞たちである詩たちがいかに素晴らしく、わたしが感銘を影響を受けたかということをお酒のいきおいも手つだって熱っぽく、わたしは御徒町さんに語ったのだった、目の前のひとのシャツのボタンが取れかかっていて気になる、ほぼただそのことだけをうたった「取れそうなボタン」とか、いつものカフェの隅っこで店員さんが食べてるまかないが気になって食べたくなってしかたないことをうたった「まかないが食べたい」とかの素晴らしさについて。昔、一時期「直ちゃん倶楽部」に入っていて、コンサートにも通っていたのだった、その日はじめて会った、要するにただのファンであるわたしに気さくに話しかけてくれた御徒町さんやさしかったなあ、うれしかったなあ、

昨日の朝ドラで、直太朗さん演じる音楽教師が、主人公が内密にと云った、国際作曲コンクールで受賞したことを、またたくまにもらしてしまう、もらさないと話がすすまないので、誰かがこの役目をになわねばならなかった、しかたなかった、つまりは取れそうなボタンだった、そんなことをおもっているあいだもずっとその物語が流れるテレビ画面には右90度に倒されたL字型にニュースの文字が流れ続けていて気になる。朝の7時半から、あるいは夜の23時からやってるBSでの放送で見ればそのL字型はないのだけど、家の前におおきな樹木がある、雨がふるとその樹木の葉っぱが垂れこめて、葉っぱの角度が変わり、それがBSのパラボラアンテナに影響して、画面にあたかも葉っぱそのもののように、モザイク模様が現れる。風が吹くと、葉っぱが揺れ、画面のモザイク模様も揺れる。ときどき、ベランダにでて去年の夏から置きっぱなしの虫とり網をふりまわして、葉っぱをふり落とすと、画面のなかのモザイクも落っこちてきて、

いまこの文章を打っているPCから顔を上げると、いくつかの山が見える。それはサント=ヴィクトワール山で、家にあるいくつかの図録からかき集めて、それらの頁をひらいてある、コートールドのサント=ヴィクトワール山、デトロイトのサント=ヴィクトワール山、チューリヒのサント=ヴィクトワール山……。いまとある仕事の勉強のため先日から読んでいる、建築家としての立原道造について詳細に研究されて書かれた種田元晴著『立原道造の夢みた建築』(鹿島出版会、2016年)をひもといていくうちに、中盤の第三章にて、道造の描いた、浅間山を背景にしたある建築図がどうやらセザンヌのサント=ヴィクトワール山をもとにしているらしい、という記述に出会った、おなじころ、別のとある仕事の勉強のために読んでいた『新潮』2020年5月号、『文學界』2020年3月号に、それぞれに掲載されている山下澄人さんのそれぞれの短篇小説に、どちらもセザンヌが出てくる、きっとそのこと自体セザンヌへの、サント=ヴィクトワール山の連作へのオマージュなのかもしれない。私も寄稿している『ユリイカ』2020年3月号青葉市子特集にも山下さんが寄稿されているけど、そこにはセザンヌのことは出てこなかった、そこではセザンヌではなく「あおばさん」が出てきて、山ではなく海がでてくる。とにかく、それで家の中のサント=ヴィクトワール山をかき集めてみた、サント=ヴィクトワール山を描くセザンヌの筆触は、ちょうど雨の日の私の家のBSを映すテレビ画面に現れるモザイク模様に似ていて、

「あ!これいいね」
と、先月7つになり今月小2になったもののまだ授業のはじまらない女の子が覗きこんできていう。
「どこがいい?」
「ぐしょうとちゅうしょうがまざってるところ」
「ほかには?」
「ここの、ふでのタッチ」
「あとは?」
「このブルー」
それからこれ見せて、といって、机の下にもぐりこんで私の足もとでサント=ヴィクトワール山ののってる画集の頁をくっていて、

べつの仕事でメールのやりとりをしている、中原中也記念館のS原さんの前の職場が立原道造記念館で、要件のついでに道造について最近おもったり考えたりしたことを私が報告すると(ながい追伸!)、いまはなき道造記念館のまだ残っているホームページにて道造の墨画ならびにその画賛が見られるとのことで、URLを送ってくれて、その道造の墨画にはおおきなランプと、その下にちいさな椅子がある、そのよこの余白の空間に道造による墨字が浮かんでいて、

願ひは……
あたたかい
    洋燈の下に
しづかな本が
    よめるやうに!

「さむくない?」と足もとでまだ画集をめくりつづけている女の子に声をかけると、「だいじょうぶ!」と答えて、それからサント=ヴィクトワール山に戻って行って、

東京・深川
カニエ・ナハ



4月22日(水)

ある日、だァるくなって
 足がむくんでしびれて、心臓の止まるもんもあって、
ある村に、ひとりでて、ふたり、さんにん
 きゅうも、じゅうも、
だァもの、
疫病だと思うさねぇ。
塩まいて、歌うたって、悪い神さま、追ッぱらおうとして、
にじゅう、さんじゅう
そうして、ごじゅうで、
そうして
ある日、
気付いたってぇ。
米ぬか
 だって。
脚気だったのさ、
白いごはんを食べるようになって

ある日、だァるくなって
 咳がでて熱がでて、心臓の止まるもんもあって、
ある町に、ひとりでて、ふたり、さんにん
 きゅうも、じゅうも、
だァもの、
疫病だと思うよねぇ。
手ぇ洗って、覆面して、悪いウィルス、追ッぱらおうとして、
にひゃく、さんびゃく
そうして、ごまんと、
そうして
ある日、
気付くのさ。
**
 だって。
遠いか近いかしれない未来に、
あのころは◯◯ようになって、って

わかってたかもしれないねぇ
その村でも、
うすうす気付いてるかもしれないよねぇ
この町でも、
 だれかが。
そのとおりかどうかは

続いていれば、

      ねぇ、

    ねぇ

  ねぇ、

続いたんでしょうか、
その町は、

遠いある日に。

神奈川・横浜
新井高子



4月21日(火)

じぶんと
すべてのひとの
あいだに
空気をじゅうぶんに挟んで
買い物をする

去年と見た目はなにも変わらない
野菜や卵をかごに入れ
レジへ向かう途中
空っぽの棚がふいに現れる

そのたびに
なにもない棚の
見えないはずの
空気がふくらみ
息が
す、と とまる

消えてしまったものと
これから消えてゆくものを思いだせるように
ひと月まえと 昨日と おなじ場所で食事をすませ
おなじ町に住みながら しばらくは会えないひとと
LINEで少しおしゃべりをし

離れたまま つながり
近づいては また離されるわたしたちの
一日の終わりから
あふれだし
胸の まだ見えない一か所に折りたたまれてゆく
無色透明の さざなみ のようなもの

からだの奥深くに入りこむまえに
もどかしさ や さびしさ といった
ひとつの言葉のなかに
いそいで収めようとしても
さらさら さらさら あふれてくる
この消えない波を
ひとときの眠りの岸へと返すために
なにを すればいい

月が満ちるのを 息をひそめて待つように
ただ 湯を沸かし
ちいさな子の
陽と風の匂いのする まだやわらかな髪を
念入りに洗う

今日も
それ以外には

2020421minesawa

東京・杉並
峯澤典子



4月20日(月)

雨にとざされていると
この林は
ただでさえ最近
おとぎ話めいてきたというのに
なおさら
木こそが世界の霊長であるという
彼らの優しい確信を伝えてくる

中に入ってしまえば
それはもうおとぎ話ではない
ほんとうのこと

切り株のあかるい色をした切り口から
紫陽花のやわらかな若葉から
人が退いた分だけ
見たこともない顔をあらわした雀たちから
はじまっているのは
まちわびていた
ほんとうのこと

ノアの方舟に
窓はあったのだろうか
人も動物も
みずみずしい目をみはり
雨を眺めながら
洪水の後を待ったのだろうか

今日はいつか
古代と呼ばれるようになる

遺跡ははじめから遺跡ではない
この早く来た初夏の緑色世界の中で
新しいほんとうが生まれようとしていることを
わたしはおぼえていられるだろうか

千葉・市川
柏木麻里



4月19日(日)

天気が良いので
犬の墓参りに出かけたが
墓地も自粛要請だという

スーパーから帰ってくると着替えをするようになった
多摩川の土手も人が多すぎると感じる

ずっと家族と一緒にいる
うちとけている
階段をのぼる音で誰だか分かる
みたいな会話

猫は自由にでかけてゆく

どうせみんなが感染しなくちゃ終わらないんだから
さっさと済ませたほうがいい
致死率はインフルエンザ並み
高齢者を隔離して
仮設病院をどんどん作って
キャパシティを確保して
普段の仕事に戻ろう
みんなで医療ボランティアをやろう
そうでないと
社会が痛んで死ぬ人が増えるよ
人の行き来が断たれれば
世界中を疑心暗鬼が覆うようになるよ
と言いたいが
言えない

世の中が急速に回復するイメージと
停滞が続き分断が定着するイメージが
交互にやってくる

東京・世田谷
松田朋春



4月18日(土)

薄い空から耐えきれずあふれこぼれる
予感のように咲き急いだ桜の花が
あたりをあかるませ
それからあわてて覆い隠そうとするように雪が
降り積もった3週間前の週末
あのとき
4月はまだきていなかったのに
もう4月のことはあきらめなくてはならないだろうと
できるだけやわらかな鉛筆を用意した
それからずっと
二重線を引く日々
お気に入りの手帳に書き込んであった項目を
ひとつひとつ二重線で
消していく
予定仕事約束あいたい
キャンセル延期中止はなれて
幻の
半透明の膜にくるまれて
もっとやさしくもっともっと隔てられるため
開いて閉じるたびにあきらめの二重線は擦れて日を跨ぎ
やわらかく膨らんでゆく
濡れた雛鳥の羽根それとも破滅の蕾
そうですよね仕方ないですよねまたあらためて
生き延びて会いましょう
そうして生きて
いる
けれど
わたしの予定だったはずのものはあっけなくなくなって
わたしはどんどん薄く軽くなって
いったいどこにいるのか
黒く毛羽立つ二重線に連れ去られ
消えた4月の
どこにもいないのかもしれないわたしが
手を洗って洗って洗って
マスクをつける
今日は雨
離れるためのきりとり線のように
おびただしい二重線が降り注いでいました
それでも雨音は届いて
ここにいる耳を縁取っていくから
雨のあがった夜
穂崎円さんと平田有さんがツイキャスで
何年も前のわたしの詩を朗読してくれたのを聴きました
おぼえのあることばが別の声で飛び立って
わたしのなかへ戻ってくる
迎える
ちょっとだけ泣いて
友だちと飲むつもりで3月に買い置いたスパークリングワインを
ひとりきりであけました
はかない光の泡が
知らないことばの粒のように蕾のように浮かびあがり
混じりあってわたしのなかへ
降り注いでいきます

4月18日

東京・神宮前
川口晴美



4月17日(金)

郵便配達夫は

花が咲いているでしょう
詩を書いているのよ

誰も訪ねて来ない山の奥とか
谷底で
お天道様のほか
誰も見る人がいないのに――
花が咲いているでしょう
春になれば

詩を咲いているのよ
そんなふうに――

蜜蜂の翅音に似た
バイクの音が山道を這い上がる
ちらちら見え隠れする姿に

あんなところまで郵便配達夫は、
と村人は驚いた
手紙には触れずに

郵便配達夫は、知っていた
読めるところだけ読んで――
言葉の先には人が住んでいることを

***

ドミノ倒しのようにイベントが軒並み中止や延期になり
そうだこの機会にと部屋の片付けやずっと見つからない
探し物をしている。

上の詩も片付け途中で見つかった古い詩、
どこに出すつもりだったろうか
あるいは捨てるつもりだったか。

捨て猫のような、郵便配達夫の詩の
最後の連の、最初の行を最後に
まわして、敗詩復活をしてみた。

芽吹きの季節となり、見渡す限り奥武蔵の山々は
新鮮な緑で盛り上がる、サラダ鉢のようで
目が美味しい。
水も空気も、とびきりだ。

でも、
人も恋しい。

おーい。

花茶と私2

埼玉・飯能市
宮尾節子



4月16日(木)

二度寝して、両方とも夢を見る。一度目は職場で、上半期の実績を報告する夢。目が覚めて、それを夢だと認識する前に眠りに入ったせいか、次の夢でも仕事をしていた。そのうち、さっき伝えたのは夢の実績だったと気がついて、急いで正しい数字を上司に告げると、正しさの感覚だけが、二度目の夢から覚めたあとも残り続けた。
午前中は実績資料の作成。異常値が出たので、勘で直す。上司に報告後、入浴。昼すぎに取引先と電話。直近の売上を共有したあと、ベランダに集まってくる鳥の話で盛り上がる。その流れで実家の話になり、電話口で伝えられる言葉から、先方の家のようすを組み立てる。
このあいだ取り壊しがはじまって、バラバラになった木材の画像が両親から送られてきた。天井裏の梁が真っ黒になっている。雨もりを受けて腐ったのか、もともとそういう仕様だったのか。たずねると、屋根が茅葺きだった頃の煤だといわれる。慶応4年から記録がつけられた。150年近くのあいだ、柱まわりを残したまま屋根をすげ替えて、改築をくり返してきたという。茅葺きの屋根は10年ごとに取り替えられて、トタン屋根なら20年ごとに塗り直されるらしい。一度だけ、屋根が黒から赤へ塗り直されるのを見たことがある。地震のときは玄関があたらしく建て直された。家はさまざまな部分からできていて、それそれがちがう寿命を生きている。細胞のように代わる代わる中身が交換されていくなかで、骨組みだけはいちばん早くここにいて、最後まで同じ場所に立っていた。
夜、プロパーの人に激詰めされる。むかしは外にお風呂があって、よく薪割りを手伝わされたと父から聞いた。庭の隅にコンクリートで埋められた空き地がある。作業スペースかなにかとおもっていたそこは、父にはいつか風呂場だった名残りとして眺められていた。薪はいまでも離れの奥に積んである。

東京都・高田馬場
鈴木一平