5月5日(火)

ひと月におさまらない忍従
それでも私たちは
弛緩した生をやめない
労りは営みに敗北し続ける
かぞえられた死は
数でしかなく
意識させられる空虚を
ひとびとは批評でばかりうずめて
自身のためにしか泣けない
わたしたちの上を
季節が古(ふ)り去ってゆく
そうして繰りかえし
たどりかえす悔いを
予見しながら模してゆく
あなたが
言葉などをしる前に
算数などをおぼえる前に
樹がくれのしたに
微笑とともに隠した
ちいさな手のひらに
あの日たしかに受け取った
ひどく単純で変わらない
千年まえの祈りが
まあたらしい節句に呼ばれ
きょう
子らにひとしく
おとずれる

神奈川県片瀬海岸・江の島
永方佑樹



5月4日(月)

Zoomのどこでも窓を通して
家内修羅場、
ドメスティックサーカス、
無人島へズームイン
デジタル背景で
 場所の意味を消そうとする駒たちと
   会議のチェスボードで
I’m unraveling
––fine—
I’m Time/
traveling

去年の季語は
 夏の肌
ムダ毛
キレイ
ワキ汗対策

今年の季語は
  ない。空っぽな広告の枠

俳句、零時、h i c r a z y

 ラン乱イラン欄違乱いらん、蘭
  選船千線専戦せんといて
   チョー長朝町長蝶々よ、超
    孝行高校や航行煌煌
     1湾1ワンワン1腕,、no one won、no王

耳と耳を
ずっとつけ続けているヘッドフォンから
解放させないと
次第に大きくなってきた音は
サイレンなのか、ほぼ静かになった一日の残影なのか、
区別できない。

上記の断片に希望の小雨をぱらつく
医療と薬学が脱線してゆく糸に辿り、
何と
水星では「一日」は
地球の58.6日だそう…

東京・神楽坂
ジョーダン・A. Y.・スミス



5月3日(日)

他のみんなが日記をつけてくれるので
僕は安心して
日々の網目をすり抜けてゆく極微の切れ端にかまっていられる

母の眼の縁ぎりぎりに
ステロイドの軟膏を擦りこむ指の腹の感触や
腹部エコー検査報告書に印刷された
父の胆管の艶やかに濡れたモノクロームの光沢なんかに

交番の入口の「本日の交通事故」によれば
昨日県下で死亡したのは一名
こんな時に交通事故で死ぬなんて間が抜けていると思うけど
それを言うならすべての死は底が抜けていて
死を数えあげる生こそ愚の骨頂

見えないジャイアント・パンダに引かれて
横断歩道を渡ってゆけば
王様ペンギンを二羽連ねたあの子が目だけ光らせて立っている
社会的距離とやらに隔てられると
なんだかいつもよりも色っぽく見えてくるのが不思議

みんなが生き延びることに必死でいてくれるので
僕は安心して
日々の連なりからはみ出てしまう巨大なものを眺めていられる

隣の婆さんがついにホームへ引っ越す朝がやってきて
軽トラックが坂の下へと沈んでいった
その後にぽかーんと残された
空の青さなんかを

横浜にて
四元康祐



5月2日(土)

玄関先の切り火がいらなくなってひと月
夫はすっかり鰐である
好物のKindleを前足で支え 
ふとんの奥に日がないちにち充実している

胴のかたちを巣穴に残して
鰐は時どきいなくなる
今朝は上がり框に かしいで わだかまっていた
振り向いてイッテキマスを
言いたいのだね

平たい尻尾を かかとでずずずと送り出す
緑の多い日陰を選んで歩くんだよ
子どもが近寄ってきたら敷石にまぎれてね
クール便です 宅配のお兄さんが引戸の前で後ずさる

熊本産の早生西瓜は陶然と甘く
先割れスプーンをひるがえすうちに
「トレインスポッティング」93分が終わっていた
西瓜の残りを切り分けたら
友だちを廻って配ってこようか
時分どきが来る前に

引戸を開けると
隣家の生垣の終わるあたりに
平たい尻尾がまだあった

東京・目黒
覚 和歌子



5月1日(金)

元気ですかと尋ねて
元気ですと聞いても
重みを持ってしまうのは私の視線で
人の声は砂のように溜まるのに
人の視線は岩のように積まれていくことを知った

私が変わったことなんか
毎日飲むコーヒーが
もっといい豆に変わって
コーヒーの味なんか分からないのに
多分美味しくなったんだろうなぐらいのことで

それでも緑を
迫りくる緑を
のみこもうとするだけ
はじいてしまうようで

思うままにすることの
何を思いたいのか分からないまま負荷をかけ
背中を骨に張り付けて
太ももの水を抜いていく

4月から様子見をしていた蚊も
いよいよもって血を吸うようになった

症状として下痢発熱。
喉の違和感がたまに。
37度を越えると発汗。
味覚と嗅覚は今のとこ平気。
あなたも気を付けて。

便りから6日目
上下する熱を過ぎても
君は部屋から出られないまま
新しく届いた椅子を組めないでいる

大分・耶馬渓
藤倉めぐみ



4月30日(木)

昨夜、クラシック・ギターの弦を張り替えた
十年近く前に買って
少しだけ弾いて
すぐに飽きて
それから
ずっと部屋に置いていたものだ
ずっと部屋にいるのだから
今夜
また弾いてもいいと思えた

子どもの頃は毎日弾いていた曲
今弾くと
喪失しているはずなのに
指が憶えているということがある

記憶とは
指から伝わる感覚のことではないか
この季節に触れ
わたしは
何を忘れ
何を憶えているのだろうか

福岡・博多
石松佳



4月29日(水)

熱海に行ったのだった。
海外からの観光客のすっかりいなくなった静かな街をゲストハウスのスタッフと歩いて、いつまで続くかわからないけれど、ゴールデンウィークは厳しいでしょうね、でもほらインバウンドは難しくても国内旅行なら

ロシアに行くはずだった。
ウラジオストクからハバロフスクまでシベリア鉄道で移動する、仕事以外で海を渡ったことのない私が初めて計画した海外旅行に備えて、ガイドブックを買って、キリル文字の読み方を勉強して、今回のツアーは催行されない感じでしょうか、先行きが不透明なところかと思いますが、この時期の海外渡航に不安も感じており

家にいろ。
元通りのにぎわいも落ち着いたころもいつかやってくる保証はない。
できるだけ多くの怒りと疑いを心にたくわえ、私は家にいろ。

東京・調布
山田亮太



4月28日(火)

自宅待機して自分と向き合う
それには
To-Doリストが良いよ、スマートフォンに記入すると
パソコンでも見られます、予定表ともリンクできます、ウェビナーも立ち上がります
Things to do
それもこれもあれもやりたい
やるべきであろうことを
毎時毎時に切れ間なく書き込む
Things to do
が15項目に積み上がる

15時間働いても終わらないよ
終電もないから
誰にも歯止めがかけられない
封鎖されたキャンパスからZoomの講義を発信する
掲示板とウェブチャットで双方向コミュニケーション
はいどうぞ
Zoomで簡単に盛り上がるリアルタイムアンケート
それから瞬時に採点される小テスト
はいどうぞ

申し込んであったドイツの光学ウェビナーが自動で立ち上がる
申し込んであった雲仙のエコウェビナーが自動で立ち上がる
封鎖された
その学園都市の本社
朝の光
あの奥の部屋のあの顕微鏡装置のあの白い大きな蓋があいて
ヤッホウ
なじみ深い
ミラーやフィルターやパルスレーザーやシャッター
それらが
リアルタイムで
画面いっぱいに顔を出す

雲仙では
奥津さんのおくさんが
土用のときには緑茶とうめぼし
そしてゴボウ
遠くの部屋にある遠くの機械の内臓部分
すべてが一つになっているソフトウェア
そして遠く遠く
甘いものは控えめにしましょう
あなた自身のために
どうか
血を

攻撃してくるウイルス、能力不足、そしてあれもこれもの〆切
とつぜんZoomは落ちて瞬時に学生にホスト権限を奪われてしまう
ログインできないトラブル、いつまでも終わらぬセッション
すべては煙のように
Spotifyでジャズをきこう
もう誰も起きていない
もう誰にも奉仕したくない
もう誰のためでもなくて
深夜の
ちいさな
自分に戻る
セッション

東京、西荻窪
田中庸介



4月27日(月)

島では
おやつが
一日二回あって

じゅうじちゃーと
さんじちゃー
、ていう

ちゃー は
お茶のこと
十時のお茶と
三時のお茶

いま
午後三時で

昨日
消毒用のアルコール代わりになる
六十五度の泡盛を
蔵元の直売所で買った
帰りにジミーに寄ったとき
君が見つけた
イギリスのチョコウエハースを

袋から出して
さんじちゃーにしよう
、てしたら

お父さんはそれでおわりね 、て
隣りで見てる
うたに言われた

全部で六つ入ってて
昨日の夜に一こ食べて
いままた一こ食べるから
あとは
お母さんと
わたしのぶん

うたには
トッポも
コアラのマーチもあるのに
それはそれ
これは三人で三等分、て

なんだか腑におちない
お菓子の法則を
指折り数えるてのひらに乗せて
うたが自分のぶんのウエハースと
コアラのマーチを
持ってったあと

テーブルの上には
ふたの開いた
空箱がぽっかり置かれたまま

沖縄・那覇
白井明大



4月26日(日)

朝焼けが まぶしい大安の日
病院から電話がかかってくる

六時間後に亡くなって
うつくしい顔をしている
血のつながっていない彼
ちいさなお葬式の支度をする

お線香の香りを絶やさないよう
そばに座ってぼうっとしていた

白い布のしたで
もう呼吸はないから
微動だにしない
ひどく喉が渇く部屋にて
ちっとも減らない数を
毎日、かぞえているけれど
おじいちゃんは老衰で死んだので
かぞえられない数だ

砂糖菓子みたいな骨を
やけどしないように拾う
いのちが小さい箱におさまって

死後の世界が
あっても なくても
かまわない

北海道・札幌
三角みづ紀