6月20日(土)

私たちはすぐに回想を忘れる
素知らぬ速度で
混雑し出した列車や
観光客の人出の中を
楽しみをおぼえて歩いている
県外移動も解禁されて
性懲りのない忘却の
先頭を争い進み出す
私たちは
ウィルスなど効かない
昔日を取り戻した気になったりもするけど
コンビニに入れば透明なビニールの
シートに隔てられた店員との距離に
不安が形を取り戻して
外に出ると
すごく暑い
私の血管は
暑くなるとすぐにふくれて
偏頭痛がキリキリ痛むから
人目を避けて
マスクを外す
すると
海の匂いがした
音も、光も
景色が荒々しさを取り戻していって
生きていた
世界も私も

神奈川県片瀬海岸・江の島
永方佑樹



6月19日(金)

安全性に救われる人間の命
安全性に押し殺される人間の心
命勝負と心勝負の間の勝負
三ヶ月でほぼ決まった
遠くに死んだ
お金持ちの偉いさんの庭で
旧古河の古池に
霊的な負担を投げ
別次元にドボン
薔薇を嗅ぎ比べる
架空の薔薇賞委員会の
 滑稽に厳しい審判
  点数をつけながら
    少しずつ心を裸にする

たまには
愛着しているものでも
洗えるように
脱がないと

雨が降るのかなと言いながら
 雨の降らない日に
  初恋か恋心
  春芳か朝雲
  どっちの香りの方が良いか
  どっちの香りの方が強いか
そろそろ自分の鼻で
決めたい
というか
生の空気を吸って
悩みたい
昨日と明日の余韻の間で

東京、西ヶ原と神楽坂
ジョーダン・A. Y.・スミス



6月18日(木)

福岡に父を見舞う。入居している施設はいまだに家族といえども外部の者は訪問禁止なので、父が病院の外来検診に出かける時が唯一会うことのできるチャンスである。空港から(感染を避けるべく)自転車で施設まで駆けつけ、一緒にタクシーに乗り込んで病院へ行き、仲良く並んで熱を測られて、まずは採血と採尿から。検査結果が出るのに時間がかかってすみません、と看護師は詫びるのだが、むしろその方が親子二人でのんびりコーヒーなど啜れて有難いのだ。小一時間ほど経って、主治医の手が注意深く父の腹部をまさぐり、痛みは?と問うその声を完全に鼓膜がなくなっている耳元に口を押し付けるようにして僕が伝えると、父は短く「いや」と答えた。隣の薬局で大量の薬を分包してもらい、再びタクシーを呼んで施設まで戻ってその入口でお別れ。再び自転車に跨って、近所のスーパーでブドウを買ってきて施設の人に預けてから、炎天下空港へ。

君は思いきり吹き出してしまう
憑かれたように感染者と死者の数を数えつづける
定時のNHKニュースを聞いて 君の口から
吐き出された飛沫が

ゼウスの隠れた雲みたいに近づいてきて
僕の顔に黄金の夕立ちのように降りかかる……と思いきや
ぴたりと宙で静止するのさ
いまやどこのレジにも窓口にも垂れかかる透明なビニールカーテン!

いつからそこにあったのだろう?
表面は乾いているのに濡れたような光沢を帯びている
垂直にそそり立った湖水
それが不意に波立って君は危うく溺れかける

ごめん、うっかり後ろのドアを開けたんだ
滑走路の端の柵の上に
張り巡らされた鉄条網のトゲが真昼の星々みたいに輝いているよ
真新しいドローン禁止の看板が

引き止めるふりをしながらこっそり片目で唆してくる
あの空の青の裏側でなら
好きなだけ釣り糸を垂れていられるって
一瞬のチヌのアタリにこそ永遠は宿っていたのだと

なのに君は、AEONから買って来た巨峰の房を差し出したまま
ビニールの向こうに突っ立っているね
必死で目をつむって……マジすか、
念力で僕の口中にその果肉を送りこもうだなんて?

福岡市東区にて
四元康祐



6月17日(水)

高座は楽しいなあ
ベランダで伸びをしていた鰐がつぶやいた
麻に変わった襦袢をたたみながら 青い蜥蜴がうれしそうにする
指先の球を 陽にみちみちさせて

寄席が再開しても 忙しさにはほど遠く
男たちは 爬虫類とヒトを往き来している

鉢植えの時計草が 日にひとつずつ咲く
四つ目が咲いて
近所から惣領弟子が朝ごはんを食べに来る (それは半月の一度のしきたり)
すでに蜥蜴でやってくるあたり 師匠を心得て

おかみさんブルーインパルス見ましたか
綺麗だった 空飛ぶものはずるいんだよ
つい愛でちゃいますね 意味そっちのけに
猫とおんなじだね
北を怒らせたビラって 何書いてあったんですかね
詩だったんだよ

銀の蜥蜴は 青よりふたまわり肉が厚い
みっしり詰まった声で 失われた高座をとりかえす
散歩させながら稽古してると息子がふてくされちゃって
おさんどんの合間に配信ライブって切り替え困難じゃないですか

12 年かけて 個性のような上澄みを洗い晒したあと
本性だけが残って 輪郭をつくって
いくつかのトロフィーを 背中のいぼいぼに積み上げて
縦書きの末尾に連なる きみ

じゃ行きます 幼稚園、短縮営業なんで迎えに
一緒に出かけようか
戻りつつある日常に逆らって 私も山に入る
蜥蜴たちの膚は
明日からの雨が濡らしてくれる

八ヶ岳
覚 和歌子



6月16日(火)

春の季節の外を忘れていたからか夏の甘みが鼻に鮮やかだ。これこそが草いきれ。雨の後の強い日差し、田植え直後の整列した苗を見ても私は弱りの中にたたずんで、ああ、この力の入らなさは怒りなのだなと思う。

どうせという言葉に触れてしまった。見知らぬ君は、怒っているのに、どうせという言葉に吸い込まれて、君はそれを吐き出してしまった。君は意志を示すことすらしないと、怒ったまま言う。そうさせたのはあなたよりも先に放り出されたわたしたちなのか。

熟しきった梅のぷわんぷわんとした匂いや小さなアマガエルの午睡を通り過ぎて、窓辺につるされた七夕飾りを見る。
「やきゅうせんしゅになりたいです」
ねがいごとはいつだって光り輝くものだと知る。まだ願いの書き方が分からない私は面と向かって息を吐き、息を吸う。態度を示せますようにと。

有象無象を抱えた境界線は
夕暮れから青が滲んで
虫が高らかに鳴きだす
夜風が 声が
溶ける

夜は黒くならずに青くなって
虫の声に重なって
青が濃くなるほどにカエルの声も響きだして
音が空と土を繋いでいく

青いまま 青いまま
溶けあって
山並みも川音に溶け合って星が浮かぶ頃になると
ぽっ と
あれは蛍

星がおりたんだね
魂がゆれたんだね
躍りあってるね
その境目が夏だね
命の溶けた境目が夏なんだね
混ざりあうことが夏なんだね

大分・耶馬渓
藤倉めぐみ



6月15日(月)

湿度が高く
マスクをしていると
少し息苦しい
これは多分
空気に
自らの呼吸に
溺れる感覚だろう
春は桜を見ることはなかったが
梅雨に入り
紫陽花は体温があるかのように
上手に咲いている
今 物事を
見つめている
直喩の目のことを
もっと知りたい

福岡・博多
石松佳



6月14日(日)

前後2週間のからだを背負って歩く。
息切れして早く家に帰りたい日曜日の午後。
私もあなたも等しく弱い命を持った人間である。

東京・調布
山田亮太



6月13日(土)

人体発生学の講義5回と神経解剖学の集中講義12回
ことしはすべてZoomでやることが決まった
ところが!
すず1歳が40度の発熱5日間
ものすごく不機嫌でぐずりまくり
ひょっとして例のあれだといけないので
大学に出られない
そこで自宅から講義する

自分のバーチャル背景にはハワイの波打ち際が流れているから
どこから中継しても問題ないはず
台湾料理の紙箱弁当を食べてから
パワポの画面を繰りだしながら説明する
そして毎回10問のブラッシュアップテスト 自動採点されますから感想も書いてね
次々と侵入してくる1歳女子の泣き声、4歳女子の喚き声
感想「難しいです」
感想「わかりやすかったです」
感想「お子さんの声にほっこりしました」

赤ん坊の神経は頭のほうから少しずつ髄鞘化が進んでいく
つまりだんだんしっかりしてくるということ
一年になるとそれが完成し
きょう、下の子が
やっと立つことができました
おめでとう

大学の先生とお父さん
それに基礎医学の研究者、ときどき詩人
赤子は突発性発疹と診断される、そして治る
シームレスに相互乗り入れする
人生をひとことで説明するのは難しい、
難しいからこそ面白いのだ、六月の雨は
いつまでも解かれない秘密のように降りつづく
ふりほどけない
いくつもの関係性が
毎日毎日
ぼくらの上に積もってゆく

明晰に
歳を重ねつつある人々の心には
うつくしい毛糸玉のような
小さな塊がある
それが編み物をするときのように
くるくる解けながら
回っている

右回りなのか左回りなのか
誰にもわからない
そんな毛糸玉を
ぼくも持ちたい

東京・西荻窪
田中庸介



6月12日(金)

遅くに眠って
まだいつもなら物音に気づきもしない
時間のはずなのに

電子音で耳だけ起きる

熱を測っているのは
リビングにいるんだろう
きみで

毎朝
仕事に出る前に
測っては 平熱を確かめなくてはいけないのは

いってきます

、て声がして
うたが出かけていくところへ
起きなくちゃ
ふとんから出て
玄関へ向かう

ドアのわきに
消毒スプレーがあって
シュッてしていきな
、て言ったら
うんとも言わないでドアを開けると
マスクをして
出かけて行った
もう暑いのに 今日梅雨明けした、て
さっきニュースが入って
知った

学校で
あの子はまじめに気をつけてるから
もうコロナめんどくさい 、て文句言いながら
だから家では楽にさせたげて
、てきみが言う

朝ね
暑い て起きて
熱測ってみたら三十七度もあって
きみが話してくれている
もういちど
水飲んでから測ったら三十六度五分だった
、て

二人が出かけていく
ほんの短い間に何が起きてるか
寝てるとふだん何も知らなくて

たまたま今日にかぎって耳にできたのは
暑い てぼくの耳も
いつもよりずいぶん早く
動きはじめたからなんだろう

南風が吹く
梅雨明けの白南風が
鉦を鳴らして夏を呼ぶ
カーチーベーが来るより早く

風も鉦も知らせない
息苦しさを
呼ぶ声のずっとしないままでいて

*カーチーベー……島言葉で、夏至の頃に吹く南風。夏至南風。

沖縄・那覇
白井明大



6月11日(木)

とつぜん夏がきて
雨が降る日々が訪れて
季節の配列が行方不明

二ヶ月ぶりの地下鉄に乗って
あの庭で待ち合わせた
はまなすの花の咲く庭

つよい日射しのなかで
ぼくたちが笑っている
そうして こわくなる

「誰か、もう大丈夫だって言ってよ」

大切なものが
目に見えないならば
大切なものに
ころされてしまいそうだ

しろくて滑らかな
石に向かって
おなじく滑らかな足で
少女が駆けていく
現実よりもおそい速度で

花言葉は 悲しくそして美しく
ぼくは悲しさを求めていない

北海道・札幌
三角みづ紀