もうすぐピアノの発表会
きょうは
町の児童館の一室を借りて
リハーサルが行われた
でも教室のみんないっしょに ではなくて
ひとりずつ 時間差で入場したから
子どもは
どのともだちのピアノも
聞かなかった
でかけるなら少人数で
それと
遠くへはいかないこと
もう数か月 いえ、一年ものあいだ
恐ろしい呪文のように
子どもに
自分に
言い聞かせてきたことは
見えない足枷になっているのだろうか
廊下でじゅんばんを待つあいだ
換気のためにおおきく開かれた窓から
明るすぎるひかりが差しても
まだ
ここにいなくてはいけない と
思おうとしている
小さなホールが一瞬
しずかになったあと
ドアの隙間から
上級生の弾くマズルカが流れてきた
音符と音符は
じゃれあう蝶たちのように
廊下の窓から抜けだし
通りを歩くひとの肩や髪にとまり
知らない電車にのって
知らない海や山へと辿りつくのかもしれない
明るい日差しのなかに
おとなたちを置いて
子どもたちはじゅんばんに
なにももたずに
ピアノの前にすわる
わたしたちが
まだ見ることのできない
先へ 遠くへと
たったひとりで
向かうために
東京・杉並
峯澤典子
峯澤典子