7月11日(土)

三週間おきの父の外来検診に合わせて再び福岡へ。今回は息子と娘も同行。ドイツから「ハカタのおじいちゃん」に会うためだけにやってきて、空港でのPCR検査と二週間の隔離(その間は毎朝体温体調をメールで保健所に報告)を終えた上での移動である。例によって老人ホームには入れないので、検診を終えた父を自宅の空き家へ連れて行き、そこでようやく孫との対面。だが老人は午前中の検診で疲れ果て、用意した昼食を一口食べただけで横になり眠りこむのだった。折しも九州は記録的豪雨。みるみる冠水してゆく荒れ庭と痩せ衰えた寝顔を交互に眺めて過ごす昼下がり。夕方、父を起こし、四人してタクシーに乗り込み、ホームに父を返して息子たちはその足で空港へ。僕はひとり歩いて無人の実家へ戻るつもりが、慣れない住宅街の迷路に迷い込んで全身ずぶ濡れになってしまう。

蛇が這ってゆく
刈ったばかりの芝生の上を
水煙に包まれて、人の
からだを脱ぎ捨てた直後の魂のように

一メートルくらいあるでっかい蛇だ
コップを

逆さまにしていきなり上から被せられたようなものだろう
香港は 中が空であろうと水であろうと
息はできない

釣鐘のような夕闇
むしゃむしゃとパンを喰う横浜の人
寅さんの筋はもう追えないが アジサイとなら
まだお喋りができる

雲はあれで
中立を保っているつもりなのか
一九三五年、エリカと偽装結婚するゲイのウィスタン

蛇が頭を擡げて
垣根越しに隣家の庭を覗きこんでいる
明日は父に
紙パンツとパッドを届けなければ

注 W.H.オーデンは、トーマス・マンの娘エリカ・マンと名目上の結婚をすることで、エリカがイギリスの市民権を得てナチスドイツから脱出できるよう尽力した。

福岡市東区
四元康祐



7月10日(金)

オレンジのTシャツにしたのは
今日も曇り空だから
柔らかい色の方を選んだのは
灰色の川と折れた泥の柱と 笑おうとしてゆがんだ顔が
のどを塞いでいたから

雨の合間を盗むわたしたちの歩幅は広い 
先導される暗渠の歩道は
緑が深くて鰐が棲めそう
途切れ目なく続く湿った背の高い茎たちを
指先で追いながらついてゆくけれど

花の名まえをたくさん知っているせいで
立ち止まる背中を
なんども追い越してしまうから
少し先のベンチで待つ間
病院の窓にいた小さな女の子と目が合った気がして
どちらからともなく手を振り合う

聴こえていたのは あの子のハミングではないだろう
(子どもは振る手を下ろすタイミングに悩まない)

見慣れた後ろ姿は
暗渠の切れ目をいくつも渡る
何年間も歩きながらの呟き稽古で塗りつぶした
自らの王国を案内するかのように
確乎と見えるものを 
いつでも残らず瓦礫にしてしまえる
水の力の その流れの音を
足のすぐ下に聞いて

感染最多記録が更新されていく
並木の梢には 鈴なりの枇杷
祝福は残されている 

オレンジのTシャツにしたのは
この実に招ばれたからだった

注) 夫は落語家(入船亭扇辰)で通いの弟子が三名います。今さらの注釈、ご容赦を。

目黒
覚 和歌子



7月9日(木)

雨が日付境界線も溶かすように降って
もういつから降っていたのかが思い出せない

土地に流れる川は数年にわたって、
何度も何度もたくさんの雨を呑み込んで、
その度に幅も流れも手を加えられ、
雨は川の中にとりこめるはずだったのに
またその川が溢れだした

水が
道路をえぐることも
流木を押し流すことも
ただただ家も人も全てを呑み込んでしまうことも
もう知っている私は
またありったけのお金をビニール袋に入れて
2階の寝室の枕元に置いた

ダムの貯水率と
川の水位と
一つの灯りだけが照らす道路を
見て
冠水していないなら夜明けまでは呑み込まないよと

橋を覆いつくした激流が横に
地面を打ち付ける雨粒が縦に
無関係に鳴き続ける虫が膜みたいに
響いて
虫が鳴いているなら大丈夫なんじゃないかなと

何も知らなくて怯えていた頃よりは
ほんの少しだけ上手に眠ることができるようになった

濁流が山の木を流して
橋に引っかかり
流木が立ち上がり続ける

あの激流を
止まらない雨を
けぶる山を
現実だと知っている

この激しさも
穏やかさも
潤いも
育ち行く稲も
縦横無尽に動くカタツムリも
オクラの苗に群がるスズメも
全てだ
全ての中にここにいるんだ

切り離せるなんて思うのが
大間違いだ
そういう中の全部にここにいるんだ

本当に本当に気を付けてください
命を守る行動をとってください
今まで経験したことのない雨がまた来ます
と言われたその日の朝は晴れていた

6歳のきいちゃんは
いつの間にかゴジラの曲を弾けるようになって
午後になってから強く降り出した雨を
新しい傘に弾かせて笑っていた

きいちゃん、道路に出ないでね、危ないよ

ねえ、雨、楽しいね

そうだね、でも今日は怖いよ
すごく怖いよ

大分・耶馬渓
藤倉めぐみ



7月8日(水)

雨の後の晴れ間に
蝉の鳴き声が聴こえた
食堂で同僚と
雨が降るときも
蝉は鳴くのだろうか、
と話をした
調べてみると
雨の日のような
気温の低い日には
蝉は鳴かないのだそうだ
蝉が鳴くのは夏だけである
雨の降る日に鳴かないのであれば
蝉が鳴くのは夏の晴れた日だけである
あれからずっと
晴れ間を希求していた気がする
セルフ台の上の
麦茶が入った湯飲みにはラップがされており
少し温くなっていたが
定食を乗せたトレーに
本日だけのサービスだよ、と
西瓜が振舞われた

福岡・博多
石松佳



7月7日(火)

この前の選挙、誰に投票した?3,661,371(59.70%)〇〇〇さん?844,151(13.76%)それとも△△△さん?657,277(10.72%)え?612,530(9.99%)なんでその二択?178,784(2.92%)いや、どうせどっちかだろうと思って。43,912(0.72%)ごめん、偏見です。22,003(0.36%)やっぱり◇◇◇さん?21,997(0.36%)人気あるよね。20,738(0.34%)全世代で圧倒的に支持されたって。11,887(0.19%)なんで投票した前提で話してるの?10,935(0.18%)ごめん。8,997(0.15%)そうだよね。5,453(0.09%)半数近くの人は投票してないって。5,114(0.08%)え?4,760(0.08%)そもそも東京都民じゃないし。4,145(0.07%)そうなの?4,097(0.07%)あ、東京都の本日の新規陽性者数は106人です。3,997(0.07%)うん、急にどうした?3,356(0.05%)東京オリンピック開幕までいよいよあと二週間となりました!2,955(0.05%)やらないけどね、今年は。2,708(0.04%)全国、全世界のみなさん、東京でお会いしましょう!1,510(0.02%)

東京・調布
山田亮太



7月6日(月)

ゴオルラインに走りこんでいく
オルラインに走りこんでいく
ルラインに走りこんでいく
ラインに走りこんでいく
インに走りこんでいく
ンに走りこんでいく
に走りこんでいく
走りこんでいく
りこんでいく
こんでいく
んでいく
でいく
いく

言うことを聞かない午後十一時。

東京・西荻窪
田中庸介



7月5日(日)

録っておいた
韓流のドラマを観終わって
夜の八時になるところだったから
ニュースに切り替えると

都知事選の結果が
投票を締め切ったとたん
当選確実といって伝えられて
すでに
録っておいた映像が
流されているような感じがしたから
また韓流に戻って続きを観た

ゼロ打ちといってね
、て
うたに
あとで説明したのは
いま選挙が終わったばかりで
これから数えるのに
なんでもうわかるの?
、ていう素直な疑問に
ぼく自身も首をかしげながら
これじゃあ
投票してもむだって思っちゃうよね
きっとテレビ局も
どこよりも早く
当選者を報じたいんだよ
とか
そういう話まじりで

都民から
沖縄県民になって十年めになるけれど
基地反対と思って
一票を投じたら
ちゃんと基地反対の人が
議員になったり
県知事になったり
そうだよね
みんな 平和がいいよね
、て選挙のたびに思えるこの島は
それだけでもうほんとうに
東京にいた頃とは全然違うのは
基地があることがどういうことなのか
忘れる一瞬すらないくらい
ひどい出来事が尽きないからだから

寝る前に
いっぺんゲームしない?
、てせっかく
うたときみが誘ってくれたけど
なんとか今日の夜十二時までに間に合うように
いまこれを書いている

沖縄の人たちが
どんな思いをしてここまで来たのか
でもその足もとでまた
ケーザイケーザイと呪文みたいに言うわりに
経世済民の意味さえ忘れて
いつ崩れてもおかしくない綻びを
いつもいつも
繕っていく大事さをひしひし感じながら

ちゃんと人間の手は
他者と手を取りあえることを
こんな夜だから
書いておかなくちゃ

さっき上等な
(島では上等って言葉をよく使う
おばあちゃんもよく言ってた)
お茶を淹れて
いま飲んだところ

幸せを
心にとめて
今夜はお酒を飲まないで
寝てしまおう
まだしばらくは寝つけないかもしれないけど


今夜も九州で大雨の予報が出ている
どうか無事でありますように

※経世済民…世を治(経)め、民を救(済)うこと。

沖縄・那覇
白井明大



7月4日(土)

知らない部屋がひろすぎて
ぼくの心まで沈黙していた

移動を繰りかえして
範囲は狭まって
もうこれ以上行ける場所がなくなったら
またちがう部屋を探す

生まれ育ったところが
水にあふれていく
すべて液晶をつうじて知る

午後六時半に
つたう
地下鉄沿いにまっすぐ東へ

自生するラベンダーを摘んで
なにもない顔に近づける

液晶をつうじたものと
目前にあるものの差は
よりそわない

人類はみんな
やわらかく首をしめられていて
かぞえきれない腕が空から伸びて
首筋をつたう指先は夕暮れだった

北海道・札幌
三角みづ紀



7月3日(金)

六月の
終わりか

世界の死者50万人 感染者1000万人


新聞の見出しが
あった

50万人の死者
1000万人の感染者

その数の人の姿を思い浮かべることができない

家族と
会わず
死んでいった
焼かれた
焼かれず埋められた

一昨日

7月1日

庭で
ゴミのポリバケツに二匹のナメクジを見つけた

香港国家安全法
施行された

NHKの夜のTVニュースで
香港の
陳式森をみた

300人以上が拘束された
9人の逮捕者がでた

逮捕者に重刑が科されるという

今朝
7月3日

雨はやんだ

ゴミ出しにいった

モコは
ついてこなかった

ナメクジはいなかった
ポリバケツ

銀色の光る道を残していた

ウイルス
生を媒介する

静岡・用宗
さとう三千魚



7月2日(木)

昨日受理した協議書を点検している
添付の印鑑証明が古い
代理人はコロナだからカンベンしろと言う
カンベンは
できない
人の財産にかかわる

少しずつ恨まれていく仕事ではある

アクリル板を隔てて
図面の相談はできない
カウンターが狭くなっただけだ
と、同時に
世間も狭くなった
図面を囲む男たちの
心の距離は遠い

しかしずいぶんむかしから
こうだったとも思う

帝国ホテルプラザで
松元悠さんの個展を見た
ぼくたちの生は距離でできている
当事者であろうとして
当事者ではない者が抱く
あの距離のように

霊的なおのの充満
それは無限大の距離を意味する

アマビエ さ ま

小平市
田野倉康一