7月10日(金)

オレンジのTシャツにしたのは
今日も曇り空だから
柔らかい色の方を選んだのは
灰色の川と折れた泥の柱と 笑おうとしてゆがんだ顔が
のどを塞いでいたから

雨の合間を盗むわたしたちの歩幅は広い 
先導される暗渠の歩道は
緑が深くて鰐が棲めそう
途切れ目なく続く湿った背の高い茎たちを
指先で追いながらついてゆくけれど

花の名まえをたくさん知っているせいで
立ち止まる背中を
なんども追い越してしまうから
少し先のベンチで待つ間
病院の窓にいた小さな女の子と目が合った気がして
どちらからともなく手を振り合う

聴こえていたのは あの子のハミングではないだろう
(子どもは振る手を下ろすタイミングに悩まない)

見慣れた後ろ姿は
暗渠の切れ目をいくつも渡る
何年間も歩きながらの呟き稽古で塗りつぶした
自らの王国を案内するかのように
確乎と見えるものを 
いつでも残らず瓦礫にしてしまえる
水の力の その流れの音を
足のすぐ下に聞いて

感染最多記録が更新されていく
並木の梢には 鈴なりの枇杷
祝福は残されている 

オレンジのTシャツにしたのは
この実に招ばれたからだった

注) 夫は落語家(入船亭扇辰)で通いの弟子が三名います。今さらの注釈、ご容赦を。

目黒
覚 和歌子