ひとつの雲もない空の奥へ
鰐がのそりと出かけていき
温まった尻尾で戻ってくる
すこし前から山にいる
鰐は端末に小説を仕込んで
わたしは〆切を二つ持って
木づくりのベッドの居心地
腹ばいと壁の光跡と蓮花香
ときどき音を立てる膝関節
検温計に前髪を上げるたび
35度しか出せない体からも
詞の蒸気はうっすらと立つ
輪郭が霞む冬枯れの山から
春の方角へ寝返りをうつと
窓いっぱいに広がる野焼き
わたしたちずっと冬だった
焼き払われた地面の下から
じき新芽たちは立ち上がる
ひとつの詞も
旋律さえ持たない
ただ光がふるえるばかりの
うたを
やしないとして
八ヶ岳
覚 和歌子
覚 和歌子