3月9日(火)

諍いもできない夜が
この地球上でいちばん重たい夜だ

わたしが空気を通すほどあなたは重くなって
あなたが空気を阻むほどわたしが重くなって

頬に涙が垂れるだけで
どれだけ涙を貯めたとしても
あなたがしなかった分だけの重さと
わたしがしてしまった分だけの軽さの
釣り合いがとれない

なすべきことはいくらでもあるのに
縮こまったまま夜を抱えて
曇天が灰色になる頃に必要な場所の扉だけ開けて
また布団に入った

時折通う料理教室から再来月のお誘いが来ていて
すんなりとそのまま快諾する

こうしませんか
そうしましょう

2階の窓に小石をかすめるぐらいの強さが
願い事にいちばんいい

夕方にさしかかる頃に
竹ぼうきをもって山の中に入ろうとしたら
アサヱさんが
なずなや
まだ名前の知らない青い花が広がる畑に
丸くうずくまって
草をむしっていた
とてもきれいだった

「あんた一人でやまんなか入るんか」
「うん」
「おばけが出ることないかい」
「まだ出たことないよ」

山に吸ってもらいにいっているわたしが
おばけなのかもしれない

スギの葉が堆積した墓には
育たなかった子に捧げたネクターが
まだ置いてあって
揺れる杉がきぃ、きぃ、と鳴いていた

大分・耶馬溪
藤倉めぐみ