2月23日(火)

朝起きて、大学の同期に連絡を取る。今日の芋煮会についての確認。洗濯。後輩(添削担当)に今日の「日記」についてのやり取り。駅前のドン・キホーテで安いランタンを購入。
昼前に目白へ。Oさんの個展を観に行く(二回目)。通りを左に曲がって地下の階段を降りると、開いていなかった。よくよく調べると休廊日だったので、前に観に行ったときの回想を行う。地下へと続く階段をおりて、備えつけの消毒液で手を洗いながら、ガラス張りのドアを開けて中に入る。外光だけの薄暗いエントランスを通って奥のドアを開けて、展示スペースに入ると、明かりのない真っ暗な空間が広がっていた。そういうものかとおもいながらじっとしていると、壁の向こうから定期的に不穏な音が聞こえてくる。あとから入ってきた人がスマートフォンを懐中電灯にして、あたりを見渡している。部屋の隅に字が書かれているのが一瞬見えたので、スマートフォンを懐中電灯設定にして、空間が見えるようにする。
光で炙り出された視界は、見えるようになること自体でそれらしい意味を与えてくる(気がする)。四方の白い壁それぞれに姿見のような鏡が向かい合せに立っていて、部屋の四隅すべてにテキストが書かれている。テキストは一つの壁につき二つ、部屋の角を蝶番にして配置されていて、それぞれに番号が振られている。しかし、「①」の横に「⑥」、「②」の横には「⑤」のテキストが置かれ、(一見すると)対になってはおらず、番号は読むべき順序の指示であるようにおもわれる。

 ⑦       ②
④┏━━━鏡━━━┓⑤
 ┃       ┃
 ┃       ┃
 鏡       鏡
 ┃       ┃
 ┃       ┃
①┗||━鏡━━━┛⑧
 ⑥       ③

記憶なので間違っている可能性がある(「||」は出入り口)。番号にしたがって読んでいくと、(1)対角線側に移る、(2)壁沿いに進む、の動きを反復的にくり返すことになり、プレスリリースで言及されていた怪談『スクエア』やサミュエル・ベケット『クワッド』の参照を感じる。テキストに関しては前者をもとにしたものであるようにおもう(《1 大丈夫ですか。凍えるほど寒い。/眠るとまずい。いますかみなさん。/(首肯)(首肯)(首肯)/見えません暗くて。》)。反復を意識しながら体を動かしているうちに、その身動きがゆるやかなダンスの気配を帯びてくるように感じられる瞬間がある。鏡が懐中電灯の光を反射しながら、軌道について意識する体を(軌道そのものへの意識を構成する視野に介入するかたちで)映し出す。ときおり聞こえるうめき声のような物音。なにかに反応している? わからない。
ひととおり動き回り、隠された細部がないか探しているあいだに、あとから来た人が部屋を出ていく。懐中電灯を切る。光に慣れた目が闇に包まれて、しだいに闇そのものがグニャグニャとゆらめいてくる。なにも見えない視界を見つめ続けることに目が耐えかねて、なにかを見ていることにしようと錯覚をつくりだしているのだとおもう。あたらしい人が入ってくると、その人もしばらくじっとしたあとで、スマートフォンの明かりをつけた。壁に沿ってテキストを読んでいるのがわかる。明かりをつけられると、電気をつけずにじっとしている自分が異様な人間であるように感じて、スマートフォンを操作してなにか考えに没頭しているふりをしなければいけない気持ちになる。
外に出て、消毒液が置かれた台の下に真空パックで詰められた灰色の塊が並べてあるのに気がつく。手に取ると今回の展示の概要展示のDMらしく、塊はスポンジかなにかのよう。これはもらっていいものなのか悩む。思い返せば、今回の展示は鑑賞者の行為を促す指示が明示されておらず、部屋の中で照明を使用するべきかどうかも鑑賞者の判断に委ねられていた。階段をのぼり、横の駐車場にある喫煙スペースで煙草を吸っていると、奥のドアからOさんが出てきた。
――(Oさん)あれっ、久しぶりですね。電気つけました?
――(作者)最初、闇を感じながら表現を受け止めていました。
――指示しなかったんですよね。暗かったら電気つけるでしょ、って。最近なにされてます?
――このあいだ久しぶりに「日記」じゃない詩を書きました。インスタレーションじゃないですけど、最近は詩も空間を立ち上げるというか、演劇に近いようなイメージを感じてて。
――ああ「ルビ詩」。空間なんてはじめから立ち上がってるのに、なんか立ち上げるって感じがしますよね。
また何回か行くと伝えたものの、今回は行ったうちに数えられないとおもった。大学の同期と待ち合わせて移動し、川へ。メンバーは同期、同期のバンド仲間の先輩、後輩二人(遅れて参加)。同期に以前「日記」の話をして盛り上がり、担当日に合わせてなにかやろう、ということになっていた。「日記」のために意図的に現実を改変する機会がなかったので、会議の結果、河川敷で鍋をすることになった。
――(作者)鍋?
――(同期)何回か鍋やったとこがあるのよ。芋煮会しようぜ。
――いいね!
同期の町(秋田)の芋は鶏肉・醤油がベースらしい。それは芋煮ではなくべつの料理だというと、芋煮の複数性について説明された。地元にいたときは豚肉・味噌(=宮城式)の芋煮しか知らず、牛肉・醤油でつくる山形式を最初に知ったときは、味の想像がつかなかった。
夕方に河川敷に到着。買い出し。同期が集合場所を二転三転したせいで、買い出しに参加する予定だった人が現地にいた。家を出るときはあたたかったが、人気のない河川敷は異様に冷え込んでいて寒い。謎の鳥が鳴いている。まさか鍋を食べるためにここまで遠出するとはおもわなかった。夜まで長引く可能性を加味して、同期からランタンを持ってくるようにいわれていた。同期が鍋とガスコンロ、先輩が材料と調理器具を持ってきた。途中のスーパーで買ったゴミ袋を取り出して、河川敷に並べる。風で飛ばないようにゴミ袋の端や継ぎ目を石や荷物、鍋、酒で固定する。草が生えていないので、座っていると尻が痛くなる。先輩がスピーカーを取り出して、最近聞いた曲やオリジナルの曲を流しはじめる。同期が料理をはじめる。

 ┏━━━鍋━━━┓
 ┃       ┃
 ┃       ┃
荷物       音楽
 ┃       ┃
 ┃       ┃
 ┗━━━酒━━━┛

同期が後輩を迎えに行っているあいだ、しらたきを下茹でしながら先輩と話す。
――(作者)こういうとこで鍋って許可とかいらないんですか?
――(先輩)場所とかによるけど、ここは直火じゃなければ。年末やったとき役所に電話したけど、問題ないっていわれた。
――今日は確認してないんですか。
――法学部出てるから大丈夫。
――え?
後輩を連れてきた同期と調理を代わり、しばらくして芋煮が完成する。食べながらお互いの近況を話す。前に家族でオンライン飲み会をしたときに、両親から結婚の話をされた。
――(作者)子ども早くつくれ、みたいにいわれて。妹とかそのうち結婚するでしょっていったら、それは鈴木家じゃないっていわれて。そういうものなのかもしれないけど、なんともいえませんね。
――(先輩)オレの妹が結婚するけど、姓が鈴木になるよ。
――(作者)え~やった! 解決しました!
――(同期)なにが?
夜になるとあたりが真っ暗になった。ランタンの明かりをつける。芋煮の複数性から秋田弁と仙台弁のちがいについての話になり、同期とお互いの方言で話すゲームをする。ちがいがわからないといわれる。後輩が寒がりだしたので、相撲を取ったりあたりを走り回ったりする。薄暗い視界の奥で川岸に積まれた石を見つけて、フラッシュを焚いて写真を取ると、キャベツの切れ端が乗っていた。遠くで人が笑っているような鶏の鳴き声がして、不穏な物音がした。空を見上げるとオリオン座が光っていた。
――(同期)うどん入れるぞ!
――(先輩)いいよ!
――(同期)最近はカレー粉も入れて、カレーうどんにするらしいですよ。なんか、最初からカレーライスつくる芋煮会もあるって。
気になって調べてみると、芋煮の具でカレーライスをつくるということらしい。最寄り駅まで歩いて、終電に間に合うタイミングで解散する。地面に敷いたゴミ袋にゴミを入れて、余ったゴミ袋を後輩に渡す。代わりに文旦をもらう。電車に乗り込むと、座席の隅に水筒が置かれていて、中のにおいをかぐと酒の匂いがした。乗り換えを続けるうちに高田馬場まで帰るのが面倒になり、同期の家に泊まることにした。小腹が空いたので、大量のニンニクを入れたラーメンをつくって食べる。

東京・下北沢
鈴木一平