12月13日(日)

アムスの中央駅の
裏から出ている無料の連絡船
シテ島の花市場の手前の
いつもひっそりしている三角形の小さな広場
マクシミリアン橋の袂から川辺に向かって降りてゆく草の斜面
これらはわたしの
大好きな場所のほんの一部です

まるでそこで生まれ育ったような足取りで
我が物顔に歩き回っていた
それでいて瞳孔だけは普段よりも一回り大きく開いて
人類の大半は土地にしがみつくように
生きているという事実には見て見ぬふりで
難民センターの前を通るときだけは
伏目がちになってもみたが

ア・コルーニャの町はずれの高台で吸いこむ潮風
リフトから見下ろす雪原の
翼の輪郭みたいな自分のスキーの陰影
メムリンクの聖母の目の縁の、赤い顔料から滲みでた雫の透明
オムレツの輝くクレタの砂浜
これらはわたしの
大好きな場所のほんの一部です

どんなにワクチンが行き渡っても
帰ることのできない処がある
同じ町で暮らしていても
二度と会ってはならない人がいるように
自分が自分であることにやり切れなくなったら
大好きな場所を思い出してみるんです
すると少し気分が晴れます

あの石段のあの段の
剥がれかかったペニスの落書き
脱衣場のロッカーの鍵の
まだ奇跡的に濡れていない赤いバンド
地下鉄の座席でタッパーウェアから直接食べる
ツナサラダ……

註 Oscar Hammerstein II「My Favorite Things」からの引用があります。

横浜・久保山
四元康祐