12月9日(水)

空港に降り立つとたてこんでいるから迎えにいけないと母からのメッセージ。
同じ便に乗っていた弟2家族と一緒にタクシーに乗り込む。
行き先を告げると意気揚々と運転手はしゃべりまくる。
車内での会話は控えめにお願いしますの掲示を完全に無視している。
GoToで少し盛り返したけれどここ2週間はめっきり乗客が減ってしまった。
街中を3時間走ってもひとりもつかまらない。
給付金100万円もらったけど全然足りない。
大きなタクシー会社はあえて走らせない場合もある。
個人タクシーはどうにもならない。
観光客も激減したし忘年会も絶望的だ。
年末年始に毎年来ていた孫の顔も今年は見られない。
いい乗り心地でしょこの車、去年買ったんだ。
感染者が出てるのは病院だけなのにね。
市中感染なんてまったくないのにね。
ああそういう認識の人かと思う。
でも気持ちはわからないでもない。
1万円札を渡すとお釣りを20円おまけしてくれる。
想定以上の出費だがこの人の生活の安定に貢献したと思えば悪い気はしない。

「旭川 コロナ」で検索をかけるようになって2週間。
なじみの基幹病院でクラスターが発生したとの報道に触れたのがきっかけだった。
しばらくは帰省などできないと思っていた。

一足先に着いていた弟1が祖父の椅子に腰かけ、長いからだをだらりと伸ばしている。
名古屋から旭川への直行便は現在運休中だから、札幌経由の移動に半日かかったらしい。
妻子を伴って来るかを巡って争った結果ひとりで来たという。
親族が続々と集まり、やがて湯灌師が到着する。
口紅のお色を選んでください。
お着物はこちらでよろしいですか。
ほかに棺に入れたいものはございますか。
扇子はどう? ほら、舞踊をやっていたでしょ。
十円玉を入れてもかまいませんよ。
顔のあざはすっかり目立たなくなった。
驚くほど軽い祖母のからだを4人の男で持ち上げる。
女たちはいちばん鮮やかな扇子を選び祖母の上にのせる。
玄関が狭いので寝室の窓から運び出す。
長いこと使っていなかったベッドの底が抜ける。

とびきりの笑顔でピースサインをしている。
こんな遺影があっていいのか。
孫の顔を見ても誰が誰だかわからなくなってからもよく笑う人だった。
カメラを向けるとすぐにピースをした。
サンキューベリマッチが口癖だった。
20年前の、親族が一堂に会した最後の日の写真。
その中央にいる祖母もやはり笑っている。

一定の間隔で並べられた椅子。
マスクをしたままお経をあげる坊主。
普段より短いスピーチ。
すべての扉が開け放たれた食堂。
マスクをつけたり外したりしながら食事をする人。
遺体の隣に敷かれた布団で眠る。
ベルトを忘れた弟2は父のそれを使う。
ネクタイをなくした弟1は父のそれを使う。
三兄弟が並ぶと威圧感があるねと久しぶりに再会した叔母に言われる。
喪主である祖父の名が呼ばれるが本人はここにいない。

祖父もまた今年の春から入退院を繰り返していた。
七月以来、一度も家に帰っていない。
許された面会時間は5分間だけ。
それも先月、禁止になった。
恐らくは少なくとも冬が終わるまで、この措置はつづくという。
妻の死を彼はまだ知らされていない。

火葬場では昨夜、通常営業時間外に4人のからだが焼かれた。
だからできるだけ場内をうろつかない方がいいと注意される。
あんなにたくさんいれたはずの十円玉は6枚しか残っていない。

東京へ戻った日、電車内ビジョンで旭川のニュースを目にする。
大規模感染が発生した病院に自衛隊が派遣されるという。

北海道・旭川/東京・調布
山田亮太