9月28日(月)

夏が落ち、
浮かんでくるのは、あのおじさん
コロナ猛暑の8月のある日、
閉じこもったからだが、むしょうに太陽に飢えて

川沿いを歩いた
長梅雨のあと、一滴の夕立さえ来なかった水面は、むしろ澄み、
何匹もボラが泳いでいた
イシガメが仕留めたカエルをつついていた

炎天下とは
焼けつく太陽だけでなく、
それが昇らす陽炎(かげろう)のことじゃないのか、
アスファルトが蒸し返すひかりの褶曲をひきずりながら
坂道をのぼった
このあたりは、かつては山のすそ野だったから

と、てっぺんから、駆け下りてくる自転車
海パン一丁のやせっぽちのおじさん
ギンギンの日焼け肌は、赤銅をこえて紫紺
蛍光オレンジとイエローのブリーフ
黒めがねの鼻すじは冴え、
すれ違いざま、ニヤッと笑ってくれた気がするが、
パンチパーマの伸び髪は
あたまの左右にゴム結び、
まるで、花粉まみれの触覚みたいに
まるで、熱帯の毒虫ライダーみたいに

がに股でペダルを踏むおじさん
裸の背なかが小さくなるのを、立ちすくんで見送りながら、
愉快になってきたのだった、ぶくぶくと
なぜに、祭りで、歯痛をよぶケバ色菓子をかじるのか
なぜに、タレべったりのイカ焼きでわざわざシャツを汚すのか
なぜに、けっきょく、にんげんは、薬より毒のほうが面白いのか

花火も盆踊りもなかった季節
たったひとりで、祭りだったおじさん、
出かけても出かけても
一度しか会えなかった、
        あなたは

陽炎であったか
灼熱の薄羽蜉蝣であったか

夏の底から、

神奈川・横浜
新井高子