8月3日(月)

福岡の父から珍しく電話がかかってくる。「とうとう罹ってしまった。コロナじゃ」。39度近い熱があるという。即日H病院の発熱外来へ担ぎ込まれる。主治医のK先生から電話。「コロナではありませんが、腫瘍による胆管の炎症です。緩和ケア病棟に空きがないので、一般病棟で抗生剤の治療を行います」。それが一週間ほど前のことだった。その時点では一般病棟での家族の面会は一日15分まで許可されていたが、一昨日から再び完全に禁止される。全国的な感染者数の増加に対する措置である。K先生からは頻繁なメール。肝臓の腫瘍の径は左葉が10センチを超え、右葉にも2センチ大のもの。腎臓は萎縮と結石。両側胸水。昨日また連絡があり、急遽緩和ケア病棟に移れることになったという。こちらは30分までなら会うことができる。「いつ来られますか?」。いざ、羽田へ。

顕微鏡のなかの
細胞に海が満ちてゆく

オーブントースターの窓の向こうの
残照がキツネ色から焦げ茶へと変わる瞬間を
またしても見逃す朝

どちらがどちらの背景で
前景は何なのか
無自覚無症状のまま市中感染を続ける縁起の仏法
明滅するボソン収縮のクラスター

アル・アマルから送信されてきた未来の故郷の稜線が
老いてなお清しい鼻梁の影をなぞっている

そのもっと手前、
内なる波に揺れる尿瓶と
消毒済みの床を練り歩く遺伝子行列

蝉時雨のエコーから滲み出る
未生の静寂

(注 アル・アマルは「希望」を意味するアラビア語で、2020年7月に打ち上げられたアラブ首長国連邦の火星探査機の名称。)

横浜・久保山
四元康祐