7月25日(土)

いつ目を開けても 雨音の螺旋。
長雨に吸い込まれて眠りに落ちる。
今年の梅雨は5年分くらいの重さ。
“ねむりねこ”が部屋から去らぬまま、
連休の3日目も過ぎていく。

「おいときましょうか」
インターホンから優しい声がして
咄嗟に「はい置き配で……」と返した。
オキハイ、という言葉はまだ心もとない。
玄関前にポツンと置かれたダンボールを開けると、
カンロ飴の鮮やかなオレンジ色が目に飛び込んできた。
モニターに映る若いお兄さんが運んできた夏の色彩。

誕生日を迎えた私へ届く贈りもの。
一年分のカンロ飴を敷き詰めたら
栄養ドリンク、ハーブティーのセット、
ハリネズミのぬいぐるみ。
さっそく口の中で○を転がしながら
「20代までに○○」という焦りを舐めとり、奥歯で削る。
Amazonの箱の底からビニールを剥がす。
ビニールは私の指に張りついて
たちまち新しい皮膚にかわり呼吸をはじめた。

ある劇場での“祝祭”のため、
友人は「奈落」で暮らしはじめた。
「奈落で暮らすことにした」と聞いたときは混乱した。
舞台の地下空間をそう呼ぶことも
人が暮らせるような、豊かな奈落があることも知らなかった。
では、「ここ」が奈落である可能性もあるのか?

私はしっかりめのマスクをつけて
ダンボールの束を抱えて
エレベーターで階下に降りていく。
祝祭だ 祝祭だ
雨はしきりに拍手している。
透明なオリンピックが
雨粒を華麗によけて幕を開ける。

四月から通いはじめた病院で
私はまだ医師のマスク姿しか知らない。
医師も私の素顔を知らない。
不安を押し隠すように なだめるように
体温計を服の下に入れたこと。
その不安な手つきを忘れずにいたい。
片手にハリネズミを握って
差し出せるのは、このぬくもりだけ。

動き出せない お互いにHOUSE
命じられた犬のように
互いのテリトリーを出られない。
「Go To」? 「Stay Home」?
頭を撫で合う、それぞれの家の中で。
交わることもなく
濡れたベランダに立つこともなく。

東京
文月悠光