6月26日(金)

じゃ映画館のロビーで18時にね
そんなふうに待ち合わせしたのはいったいいつ以来
こんなことになる前は友だちと映画館や劇場へ行くのは
日常だった
ひとりでも出かけた
最後に映画館で観た映画は三池崇史監督の『初恋』で
3月19日
舞台がどんどん延期になったり中止になったりしていたから
映画もそのうちだめになるだろうと思って
そのまえに映画館で観たいと思って
歯医者の定期検診帰りにひとりで駆け込んだのだった
ひとが次々と豪快に死んでいく物語になんだか元気が出て
ひとりで笑っていたら
隣の席の知らないひともふるふる笑ってた
まだ少し寒くて映画のなかでも雪が降っていた気がする
気がするだけかもしれない
3ヶ月前なのに100年前のことみたいに遠い
死んでいくひとの姿は見えないまま
数字だけを知らされ続ける6月の
手は映画館でもアルコール消毒され
ひとりひとり体温を測られてから入場する
体温測定の習慣がないから自分の平熱がわからないのだけれど
36.4度
友だちとも1つ席をあけて並んで
マスクをしたままスクリーンを見つめる
繰り延べになっていた公開初日
ああ映画館にいるなあとばかり思ってしまって
かわいい死神と死神遣いの物語がところどころ空白になり
終わってから友だちと
ごはんを食べながら控えめにおしゃべりをする
出勤しないでいると自分は会社にいなくてもいいんじゃないかと思い始めるとか
オンライン授業1コマ分の準備に2日もかかる自分の効率がやばいとか
入院中の父親に会うには病院に防護服を用意してもらわなくてはならなくてあからさまに迷惑がられるから行くのをやめたとか
しかたないよね東京から行くと特に汚染物質扱いなのかもねとか
そういう話はさっさと終わらせて
自粛期間中に見ておもしろかったアニメや舞台の配信やドラマの
推しがどんなにきれいで素敵か
元気でいてほしいか
祈りのように延々と話す
話した
それが2週間前
体温計が手近にないから測っていないけれど
今日のわたしもたぶん36度台
少なくとも映画館では感染せず発症もしていないということだろうと
考えながら思い出して
歯医者に定期検診の予約を入れる
3ヶ月たって
細胞の多くが入れ替わっているならわたしはほとんど別人になったから
100年前とは別の夏を
生きていく
汚染物質として

東京・神宮前
川口晴美