5月31日(日)

ウィルスに怯えていた人々が
家のドアを飛び出し、声を上げ始めた。
画面越しに燃えさかる炎に
Twitter社のアイコンが青色から黒に変わる。
見えないウィルスの脅威が
「人間」を炙り出した。

地球に蒼いヘルメットを被せてあげたい。

札幌の友人にようやく2枚の布マスクが届く。
「ひとまず汚れ破れなしでよかった」と
確かめる様がせつなくて、タイムラインを撫でた。

わたしたちの口を覆うために
白いヘルメットが配られる。
マスクは風のように軽く、
私たちが閉ざす口は重い。
マスクを装着するたび、その落差に戸惑う。
両耳に紐をかけて、
白い不安を吊り下げていた。

飲食店を営む東京の友人は
「来てね、とは敢えて声をかけない」
「人の恐れは唯一無二だから」と口にする。
LINE画面で「口にする」文字は
離れていても近しい。
言葉に身体がついてくる。

降りそそぐソーシャルディスタンス。
思いやりの距離だとか、不要不急だとか
宣言だとか、解除だとか、気の緩みだとか
そんなものより唯一無二の
尊い声がここに響いている。

木立のなか、膝をかかえれば
むせるような土の匂いと
濃くなっていく初夏の緑。
息継ぎをせよ。
ばんそうこうを剥がすように
生き延びるため。
汗に濡れたマスクを剥がして
ひととき 深呼吸する。

東京
文月悠光



5月30日(土)

今日はワインを一滴も飲まなかった。
今日はコーヒーも一杯も飲まなかった。
今日は音楽を聴かなかった。
今日は映像を見なかった。
今日は運動をしなかった。
今日はインターネットを見なかった。
今日はまったく涙が出なかった。
今日は一度も怒らなかった。
今日は宅急便がひとつも来なかった。
今日は部屋を片付けなかった。
今日は起きてすぐに着替えて顔を洗って歯を磨いた。
今日は本をたくさん読んだ。
今日はなんでもかんでも楽しくこなした。
今日は体によいものを楽しく食べた。
今日の犬は昼まで寝ていた。
今日は自分以外の誰かの役にたつことをしなかった。
昼過ぎに犬を起こすと、吠えて、歩いて、丸くなって、寝た。
レモンの木に小さな実がついていた。
鳥がベランダを訪れている。
今年はアゲハの幼虫をみかけない。
犬と鳥とレモンの木は夜を枕に眠りにつく。

東京・つつじヶ丘
河野聡子



5月29日(金)

馬鹿野郎、みんなコロナで死んでしまえ!
オレの中のコーモリが騒ぐ
オレの中のオオカミが吠える
ここは誰のものでもないだだっ広い街だ  
誰のものでもないびっくりの青空だ
風が吹きぬけたら爽快だ
胡坐かいてやがるぴよすけは殲滅だ!
みんなみんな死んでしまえ!

馬鹿野郎、もう世界の半分はくたばった!
ねずみに血を吐かさせてくたばった
おかげで世界は真っ二つだ
だけど風は吹きぬけていく爽快だ
オレの中でねずみが血を吐きウイルスは爆発する
オレの中で遺伝子がざわめく
祭りは終わりだ
あとは遺伝子と模倣種だけがくるくる踊る
みんなみんなくたばってしまえ!

殺セ殺セと囁くのはオレだ
おまえが生まれる前から耳元で囁き続けている
いくら耳をふさいでもオレ達はちゃんとここにいるゾ
耳の奥の巻貝の化石が罅割れているゾ
もうすぐ世界は脱色されて 太陽は輝く
おまえは今はヒトのふりをしているがおまえではない
もうすぐおまえはオレ達の中に還ってくるゾ

福岡市 薬院
渡辺玄英



5月28日(木)

唐突に解除された宣言
はじまりを着込み出す
日常に放り出された我々の
警戒に慣れ尽きたまなざしは
禁を破る人の姿を
今やたやすく見つけ出すが
この瞬間も
果たして弾圧は続くべきか
いつだって
法は私たちの外側で
断りなく制定され
施行されるものなのだし
「正解がわからない」と言いながら
いつも怒りに満ちている
我らの秩序はこれからも
整然と守られてゆくから
引き続き
計量を続けていかねばならない

批評の側でいるために
間違わないでい続けるため

隣人たちが
軽はずみな一歩をはじめてゆくのを
口々に
あげつらっては静止を強い
もしくは前進をうながしたりして
目まぐるしく翻る世界の声に
加担しては権威を与える
そうすることで見極める
裏付けを手にしてようやく
仕組まれた日常へと
統制に手を引かれた真似事を
誰もがしはじめる

神奈川県片瀬海岸・江の島
永方佑樹



5月27日(水)

  事実真実果実
せ い か く に
み   の   る
く に か せ い
み   の   る
  事実真実果実

布団フォトンポテト
  お こ す
  こ う し 
ひかり と ひかり
    の
   衝 突
 お ち つ き
 ま ど ろ み
ZZZZZZZZZZZZZZZ
? ? ? ? ?
  事実真実果実
  …
 データの流れに従って
 水がヒノキに滴る
   庭の欠片
   煙の石榴
 黙示録 ではないが
   一応、調べておこう
    ゾンビって
    泳げるんだっけ

東京、京島と神楽坂
ジョーダン・A. Y.・スミス



5月26日(火)

男は空気を恐れている
酸素はいい 人工呼吸器の管の先から
直接肺に吸い込める酸素なら
大気もいい エベレストの山頂に
かかってる薄いのでも
だが空気はだめだ 疫病すら
包みこんでしまうこの国の真綿の空気は

男は空気を憎んでいる
空(くう)になら身を捧げたいと思っているのに
この国の空気は空っぽにはほど遠く
ぎっしり気分が詰まっている
ねっとり肌に纏いつく
全員で吸っては吐き出し吐いては吸いこみ
それでいて目だけは合わせない

腫瘍は69ミリに達しているそうだ
それでも本人は気づかないものなのかと男は驚く
時間の問題ですと医師が言う
閉ざされた空間が内側から炸裂する光景を
抗体のように肚に収めて

男は空気に包まれている
こんな時こそ人々は言葉を求めています……?
言葉とウィルスの見分けがつかない
最後まで営業し続けたパチンコ屋に二拝二拍手一拝
窓際に聳えるペーパータオルの白い円柱の
表面の凹凸が翳に沈むまで
彼の手は無闇に宙を掻いている

横浜・久保山
四元康祐



5月25日(月)

師匠が鰐となるからには 弟⼦もあとを追うしかなく
27才男⼦は⻘い⼩さな蜥蜴になった

弟⼦に準備ができたとき 師は現れる
(と チベット仏教ではいわれる)
控えめで機敏な気ばたらき
いるような いないような動作⾳
そつなく掃除買い物⽫洗いする四肢は
ときどき柱の途中に貼り付いて
じっと⼀点を⾒つめている
寄席の再開が⾒通せないまま
鍛えようもない技量と度胸 埋めようもない余⽩の真ん中を

せめて五⽉晴のアスファルトを
鰐の散歩について⾏く (あ、指が腹が乾いちゃう)
いちにちごとにまだまだ陽がのびるだろうから
真打座布団までは 気が遠くなるほどの
ソーシャル ディスタンス

弟⼦に準備ができたとき 師は現れる
ヒトに準備ができぬまま コロナせんせいは現われる
今夜 緊急事態宣⾔は全⾯解除
けれど何度でも現れる 顔と名前を変えて
明るみに出したい⾃分に ヒトが⽬をつぶる限り

今年は5⽉いっぱいが⺟の⽉だそうれす
⼩さい蜥蜴は
ピンクのカーネーションを⼀輪 差し出した
それではおやすみなさい と

東京・目黒
覚 和歌子



5月24日(日)

自然がいいなんて少しも思っていなかったのに、草とりは世界を変えるよという母の言葉に習って恐ろしく生命力が強く、どんどん増殖してくキクイモを大量に抜いた。こうしないと畑の栄養を根こそぎもっていくからだ。
トマトとナスとオクラとサツマイモとゴーヤを母とともに植えた。彼女も私も連日1歳になったばかりの甥っ子の動画をよく見る。

次に会ったときは一緒に散歩ができるね
お正月に会ったときは立ったばかりだったのに

食べることが大好きな彼は
本を読んでも、おいしい
階段をのぼっても、おいしい
本当に食べるときは叫ぶように、おいしいを放つ。
遠い都市に住む彼の頬に触れる機会を2回見送ってまた新たな算段をつける、そんな未来に足をかけている。

世の中はハッシュタグでいっぱいで、春先からの刻一刻は、刻刻一刻刻という違うビートで刻まれている。おもちゃをとりあげられ、適切なスパーリングがようやくできて、足がもつれたりしているけれど、それでも青く立上がることに胸はすくし、サンドバッグにつまった濁りきった泥はもう下ろしてほしいと思う。

おうちもステイホームも
とっくのとうにいやになったから
今日のトレンドの「さよなら」で
さよなら払う裏腹な世さ
と回文を作る。

5月になってから我が家のドアの前に毎日カエルが来る。今日もその子に挨拶して、今日も立ち尽くしてしまう。そっと触れる皮膚は冷たくて骨の感触がよく分かる。無関係な小さい君が安らいでいることが喜びで、少し頭を傾けてほほえんでいるような姿をとどめようとする。

夏の皮膚を大事にしたくなって、マスクをしないという選択肢を持ってお肉をまとめ買いした。散歩もした。露わになれず出口を失ってニキビを持った肌に従う。芥川龍之介の『羅生門』に出てきた下人はニキビから手を放して少年を通過したけれど、私はニキビそのものを仕方なしとすることに倣えずに顔を覆わなかった。

大分・耶馬渓
藤倉めぐみ



5月23日(土)

街に少しずつ
⾳が戻ってきた


バス
喋り声
キャッチボールの乾いた⾳
庭の⽔遣り

けっして⼤きな⾳ではないが
今の⾝体には
繊細に聴こえてくる

街は
⼩さな⽣き物のように
ゆっくりと
⼿探りで
息遣いを取り戻そうとしているのか

昔 ⽷電話をすると
あなたの声が
震えながら
⽷を通して
紙コップを通して
伝わってきたことを
思い出した

福岡・博多
石松佳



5月22日(金)

名前と顔写真を公開し暴力の手口を克明に記した
一連の騒動が起ってから3ヶ月後
死に目に会えなかったし葬儀にも出席できなかった
手作りの雑貨やアクセサリーをオンラインで売って
キャパシティをオーバーしていたから引き留める人はいなかった

もとより欠陥だらけの制度だ
みんなさして年齢が変わらない10代の少年たち
眠りたいときに眠り起きたいときに起きる
カメラはズームし口元を映し出す
くちゃくちゃと過剰に音を立ててサンドイッチを頬張り
得られた金の使途を3つに分ける

1辺の長さが20cmほどの立方体のボックスを指定の段ボールに箱詰めしていく
午前と午後で1枚ずつ使用する
「ねえ、ちょっと近くない?」
「ほら、2メートル」
入場時の検温義務もなければ席と席を隔てるパーティションもない
黒い手袋をはめた手で赤い花柄の手に触れる

致死性を跳ね上げる凶悪な変異
鳥のくちばしのようなものがついた奇妙な黒い仮面
顔面を含めた全身が完全に黒く覆われる
取引の最中で素顔から感情を読み取られるのを避けるため?
さまざまな憶測が流れたが真の理由を明らかにしない
握りこぶしほどの大きさの真紅の球体と十字状に組み合わされた木片
その二つが一本の紐でつながっている
力を加えると球は空中を回転し木片の持ち手部分で絶妙な均衡を保って静止する

脅迫的な懇願を前に断るという選択肢はない
大人数をひとつの部屋に押し込め順繰りに歌を歌わせる
連携したブースの音声と映像はモニターから確認できる
マイクに向かって宣言すると四方の壁が点滅し画面は無数に分割される

大げさな身振りで頭を抱え肩を揺さぶって問い詰める
本名を隠すためにお互いを番号で呼んだ
「きっと奴の時計が狂っていて、1時間進んでいるんだ」
忠誠心が試されているのだ

鎧のように重厚で派手なドレスに身を包んだ女
カウンターに身を乗り出してとぼけるような表情を至近距離から見つめる
店内をぐるりと見渡し威喝するような目で睨みつける
異例の速度で商用化を承認されもっともはやく市場に出た
人間の利害とは無関係に自律して存在すべきもの
起動して最初に見た人物を親だと認識する
停止させることはできない破壊するしかない

2人に帰る場所などない
外で寝るのは心細い
衣服や身体に付着したウイルスを死滅させる
「多数の研究論文によって効果が証明されています」
「専門家会議でも認められています」

巨大な球体が天井から吊り下がっている。
球体は緑色にぼんやりと光っている
それ以外の明かりはない
球体を挟んで向かい合わせに座っている
堅すぎず柔らかすぎもしない適度な弾力性のある椅子
緑色の光に照らされたお互いの顔だけが見える
人差し指を左目の下に当てる
指を下に引っ張りベロを出す
球体はゆっくりと青に変わる
やがて白くなり輝度が高まる
あなたの顔がはっきりと見える

ここまでに2万円ほど課金した
これは猫を救うための行為でもあるのだ
ベンチの両端に座る
本気の殺意がないと起動しない
小声で耳打ちする
人々は新しい生活様式に則しているかどうかを互いに監視しあい
それに反した行動をとる者を法の埒外で私刑に処す
私たちは過大な労働と移動の負荷から解放された

1階の事務所から2階の自宅へと移動する
「俺たちはどうだ? まともな人間か」
3人が一斉に手を挙げた
帰宅するなりポストにあるものを見つける
「おい、たいへんだ! 届いたぞ」
それを右手と左手に1枚ずつ持って掲げる

4人の人間がテーブルを囲んで睨みあっている
暗号めいた言葉がときおりつぶやかれる
私たちが葬り去ったはずの制度や価値観
与えられた様式を遵守するのではなく思考によって自ら決定していくこと
4人は手元のブロックを熱心に幾度も並べ直す
決死の覚悟でひとつのブロックをテーブルの上に置く

東京・調布
山田亮太